国あっての法である、憲法の原点に立ち戻れ

 本来ならば改憲のアジェンダに取り掛かっているべきところだが、国会は場違いの森友問題で空転している。

 憲法とは何か?憲法そのものの立法趣旨と基本原則がその前文に記されている。「日本国憲法 わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保する」という一言に帰結される。

 「全土」という「国土の保全」、「恵沢の源泉」である「自由の確保」、さらに「恵沢」たる「利益の追求」という3つの大前提が記されている。

 つまりは前文以下の全条文がこの大前提に合致しなければならない。憲法とは国家あっての法であり、国家の基本的安全保障が脅かされ、ないし国家自体の存立が毀損した場合、憲法そのものも毀損し、ないし消滅する。

 故に、「護憲」も「改憲」も誤った命題であり、むしろ憲法を超越した自然法次元における基本的生存権・幸福権に目を向け、国土の保全、自由の確保、利益の追求という基本原則にいまだからこそ立ち戻るべきではないだろうか。

 同じ憲法前文に記されている「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という文言も正しい。ただし表裏があってその裏側をもしっかり読まなければならない。

 「公正と信義」が損なわれた場合、つまり「信頼」を裏切られた場合、「われらの安全と生存を如何に保持するか」という命題がある。そこで9条を含むあらゆる憲法の条文が障害になった場合、そうした条文は無効であり、改正されなければならない。

 国家というのは、全国民が契約した最大単位の利益共同体である。たとえその一部の国民でも利益相反の意思や行動に及んだ場合、即ち利益共同体に対する背任行為にもなり得る。

 「人権」とアナキズム(無政府主義)の混同は許されない。国家の権威や保護に持たされる自由や恵沢を享受しながら、都合よく人権を持ち出し、共同体利益に反する行為を正当化するのは甚だ論理倒錯と自己矛盾であり、断じてあってはならないことだ。

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