<北京>日本料理・寶泉、泡盛と旨い肴の店

 北京出張中です。

 朝9時の東方航空ですが、全人大とぶつかって、えらそうな代表(国会議員)たちがたくさん乗っていました。

 京倫飯店チェックインしてから、顧客先へ直行。午後は、打ち合わせ。

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 夜、お客様に夕食を招待され、三里屯近くの日本料理居酒屋「寶泉」へ。

 オーナーが取り仕切る店なので、料理の味もサービスもしっかりしています。手打ちそばが評判の有名店です。

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 珍しい酒(ヤマモモの漬けた酒など)や地ビールがあって、大満足でした。

★日本料理・寶泉
<住所>   北京市朝陽区三里屯北小街2号1層
<電話>   010-6461-1498, 136-0112-4771
<オーナー> 泉澤茂樹 氏

癒しの茶リゾート(杭州)へ

 ここ1か月、ほとんど土日なしの仕事でした。体がぐったり・・・

 2月最後の週末、1泊というつかの間の休息で、上海を離れることにしました。元部下のKさんも上海に来ているので、同行することになりました。

 行き先は、杭州郊外の陸羽山荘リゾート(邦字誌Wheneverの紹介)です。お茶をテーマとした珍しいリゾートです。

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 5つ星の高級リゾートですが、あの有名な旅行ポータルサイト「携程」(Ctrip)で予約すると、何と500元代でした。電車+タクシー(杭州市内からタクシー40~50分)で行くなら、交通費・食費入れて、1泊2日、一人あたり800元~1000元の予算を組めば、十分に豪華なカントリーリゾートを楽しめます。

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 2月28日、出発当日、あいにくの雨模様。お客さんもいることで、会社の車を使っていくことにしました。9時過ぎに上海の街を後にして南下します。渋滞もなく、11時半ごろ、目的地の径山鎮到着。

 寒い季節で、しかも雨模様。観光地の双渓漂流景区には、人影まばらでした。「漂流」とは、筏(いかだ)に乗って川下りのことです。季節はずれだったので、いかだ観光はありません。まず、町で昼食を済ませたいので、小奇麗なレストランに入りました。

 お客さんは、私たち一行のみでした。店に入ると、まず、厨房に案内されました。活字のメニューがなく、現物を見て注文するのが流儀らしい。

 私は、どこに行っても、その地方の料理を食べますので、名物料理の紹介を老板娘(ローバンニャン)にお願いしました。「ちょっと待ってね」と、自慢げに冷凍庫から出してくれたのは、雉(キジ)らしい野鳥。全身の羽毛がついたまま、猟銃に撃たれた傷口も流れ出た血痕もそのまま、凍り付いている。まるで剥製のようでした。

 気持ち悪い・・・、これだけは勘弁して!

 「めったにありませんよ。野生!滋養強壮!特別に100元に負けるから、どうだ?」、
 「要らない!」       
 「じゃ、これはどうだい、ほら、こんなに肥えているよ、このうなぎ」、見せられたのは、バケツの中ににょろにょろの巨大田うなぎ、ほとんど蛇状態。
 「ダメ!これも」

 現物を見ると、食べる気を失ってしまいます。でも、名物料理は食べたい。すると、食材見せをやめて、対面口頭注文に切り替えました。

 本日の献立は、

 ① 紅焼野兎肉 (野ウサギ肉の醤油甘煮込み)・・・肉が引き締まっていて、美味。
 ② 醤燻猪肉 (醤油付け燻製スペアリブ)・・・香ばしい。保存食のため、肉質が非常に堅い。酒のつまみには最適。
 ③ 土鶏砂鍋 (地鶏丸ごとスープ土鍋料理)・・・これは絶品、地鶏の旨みがスープを濃厚にし、風味を引き立ててくれる。
 ④ 醤蒸豆干 (乾豆腐の醤油辛煮込み)・・・大したことがない。
 ⑤ 炒芹菜 (セロリの炒め物)・・・これも薦め、田舎風味、ナチュラル・テスト。
 ⑥ 山盛りのご飯
 ⑦ 自家製もち米の酒・・・日本のにごり酒と韓国のマッコリーが結婚して生んだ子って感じ、ホットでもアイスでも美味しい。ちなみに、業務用サラダ油の超特大サイズボトル1本で15元。

 「ご馳走様」、昼食は、4人全部で140元でした。

 リゾートにチェックインすると、部屋に案内されます。

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 今回は、行政楼(エグゼクティブ・フロア)で、スイートルーム(720元)とデラックスルーム(560元)1室ずつ取りました。スイートルームは、ベッドルームとリビングルームが完全別部屋になっていて、トータル60平米以上もあって、とても広々としています。1階の部屋なので、直接に庭に出ることができて、開放感溢れる間取りです。

 ただ、インターナショナル系のホテルに比べると、欠陥も目立ちます。

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 トイレ・バスルームにエアコンが入っていません。冬場のトイレ・バスタイムは最悪、ぶるぶる震えながらのひと時です。それから、シャワーブースの床部に突起がなく、シャワーを5分くらい浴びていると、ブースの外は水浸し・・・、アメニティーの品質も、悪い。石鹸は、消毒液のにおいがぷんぷんします。

 最悪なのは、洗面台に、大人のおもちゃならぬ大人のグッズ一式がご丁寧に用意されていることです。

 「男よ立ち上がれオイル」、「皇帝の力ゼリー」と普通のコンドームがセットになっています。

 もちろん有料販売です。中国のホテルでこの類のアメニティー・グッズをはじめて見たわけではないのですが、ず~と、解けない謎があります。

 チェックアウトの際に、フロントに必ず「お部屋のミニ・バーなどお使いになられましたか?」と聞かれます。そうすると、どう答えればよいのだろうかと迷ってしまう。胸を張って、「成人用品」と答えられますか?

 恥ずかしがり屋の人は、顔を真っ赤にして、「アレ、アレを使わせてもらいました・・・」
 「アレって?ああ~、アレですね・・・、分かりました、1セットですか、2セットですか?」
 「あ、あ、あの、2セットです」
 もう、フロントスタッフの顔は正視できません・・・

 まだ、疑問があります。ホテルの利用明細書に、どのような科目になっているのだろうか?出張者の場合、もちろんこの項目は自己負担で経費総額から差し引きますが、そのままの明細書を会社の財務にとても出せません。

 いくら日本でも、ラブホテルでは、係員とお客さんは、ご対面のないように、いろんな配慮がなされています。中国のサービス業は、まだまだですね。大人のグッズなら、別途勘定とか、自動販売機とか、もう少し、ホテル側として考えて欲しいものですね。

 それと、基本的なことですが、この類のグッズを客室に置いたら、どんな立派なホテルでも、5つ星のラブホテルに転落します。

 念のため、私が、このホテルのフロントにチェックに行きました。ちゃんと、「五星級」の認定証が堂々と掲げられていました。

 確かに、「五星級」の格付けを得るために、設備や施設からアメニティー・グッズまで、細かい条件や要求があります。しかし、そのほとんどは「なくてはならない」ものばかりで、「有ってはならない」ものがありません・・・ちょっとおかしくないか?

 「ほう~、中国人は、とても情熱的で、アレが好きなんですね・・・」、宿泊の外国人がホテル備え付けのグッズを手に取って、素直にそう思うのかもしれません・・・

 ああ、赤面・・・

 この土地には、径山茶(ケイザンチャ)という緑茶が産出されます。陸羽山荘リゾートの構内にも、茶畑が一面と広がっています。小川があったり、牛が散歩したりして、とても牧歌的なカントリー風景で、心が癒されます。

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 毎年4月初頭に、お茶祭りが催され、リゾート内で新茶をその場で煎って販売するそうです。

 フロントから、「ティー・クーポン」の差し入れがあったので、早速昼下がりのひと時を茶室でのんびりと過ごすことにしました。

 茶室とは、リゾート本館1階のティー・バーのことです。一面とガラス張りで、牧歌的風景を眺めながら、優雅にお茶を楽しみます。

 早速、淹れてくれたのは、地元産の径山茶です。グラスに湯を注がれると、とても華奢で、深い緑色をした細長い茶葉が、ゆっくりと開き、沈下していきます。また、全体的にうぶ毛のような繊毛が浮かび、幻想的な世界になっている・・・

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 径山茶は、あの有名な龍井(ロージン)茶によく似ていますが、もっと口当たりが甘く、くせがない。径山茶は、中国茶の書物には、「葉は嫩く外形繊細にして繊毛あり、翠緑色で香り爽やか。茶湯は味まろやかで翠緑色をなし透明である」と記載されている。

 また、その歴史を調べると、大変面白いことが分かりました。

 どうやら、日本にもたらされたお茶の原型が、径山茶ではないかなどといわれているのです。清代に書かれた書物の中には、「1235年(宋代)に日本の国師が茶の栽培などを学んだ」という記載も登場するらしい。さらに、大応国師別名、南浦紹明)も1259年に径山寺で禅を学び、宋(中国)から帰朝の際、この径山寺から茶の臺子(茶の湯で用いられる棚)などの茶道具一式を持ち帰って、中国の茶の方式を大徳寺(京都)に伝えたといわれています。日本茶の祖といわれる栄西も、この余杭の地に一時期滞在したといわれ、径山茶を持ち帰ったのではないかとも推測され、その意味においても、日本茶の祖先である可能性はきわめて高いとされています。

 中国伝来の茶が、どのように今日の日本茶に変身したのか、今度勉強することにしましょう。

 午後は、小雨がしとしと降り続け、どこにも行けません。でも、杭州は、小雨に似合う街です。どっか郷愁を誘います。

 ホテル部屋の中で、溜まった新聞を読み、ゆっくりと過ごします。あっという間に、日が暮れた。

 さて、期待の夕食です。当然お目当てが地場料理で、中華レストランに直行。ウエイトレスに聞くと、やはり、野味(イェーウェイ=野生動物)が当地の名物だそうです。最近、日本国内でも「ジビエ料理」に徐々に人気が出始めていると聞いています。「ジビエ」とは、狩猟で捕獲した野生の獣を指したフランス語です。野生動物の料理は、「ジビエ料理」といいます。

 日本人はどうもゲテモノ扱いでなかなか食べられませんが、我が家は、妻も中国暦が長く、好んでいろんな珍しい料理を食してきました。今までの最高記録をいうと、広州で食べたゾウガメや孔雀料理などが挙げられます。蛇は、日常食に近い存在です。秋冬になると、妻が、「そういえば、今年は、まだ蛇食べてないわね」と言ったりして、我が家では、蛇料理は、季節の風物詩です。

 そういえば、リゾート構内の公共スペースは、どこも暖房が入っていません。中華レストランの案内嬢は、毛皮付のチャイナドレス姿です。とても寒いので、自然にスタミナを欲しくなります。一通り、料理を決めると、さあ、今日は白酒にしようと、決意しました。

 今夜の献立ですが、

 手剥筍 (剥きタケノコ) 15元  
 苔菜豆板 (カリカリ空豆の岩海苔風味) 16元
 美味黄鹿肉 (鹿肉の煮込み) 68元
 紅悶野鴨 (野鴨の煮込み) 48元
 椒塩蛇段 (蛇唐揚げ) 54元
 香椿炒蛋 (玉子と香椿(チャンチン)炒め) 28元
 臭豆腐 (チュードウフ) 20元
 生煎包子 (煎り饅頭) 18元
 杭州片児川 (高菜の杭州風ラーメン) 28元
 白酒

 とびきりの美食ではありませんが、まあ、季節の風物詩程度の味わいを楽しむことができたといえます。例の蛇は、思ったよりも、貧弱で肉付きが悪かった。しかし、鹿肉は旨かった。

 鹿肉は非常に脂肪分が少なく、下手な調理だと、ガチガチ硬くなって、とても食べることができません。フランス料理でも、ときどき鹿肉がでます。数年前に、南仏のニースで食した鹿肉ステーキは、肉質がやわらかく、ほとんどピンク状態で焼きあがっていたのが、いまでも印象に残っています。

 日本国内なら、北海道の蝦夷鹿が有名です。ただし、野生ではない。蝦夷鹿を放牧させ、根室の潮風を浴びて育ったミネラルを豊富に含んだ草を餌として与えて育て、臭みと獣臭さがなく、大変美味しい鹿肉です。

 陸羽リゾートの鹿肉は、上質さこそ欠けているものの、うまい具合に煮込んで、硬い感じはまったくしません。脂肪がほとんど含まれていない筋肉質感は、何ともいえない。それに、白酒をぐいっと飲み干せば、体がいつの間にかポカポカになりました。

 幸せ一杯の夕食、ご馳走様でした。料金は3人で500元。

旧交を温める、サラリーマンは反骨精神か忍耐力か?

 私の以前ロイター通信・香港勤務時代の部下、Kさんが上海を訪れてきました。

 彼は、見た目では温厚でも、非常に芯があって反骨精神の強い人です。私は、この性格に引かれていました。

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 1998年、私は、ロイター通信社の上海駐在中に香港勤務を命ぜられ、アジア金融危機直後のマーケット建て直しの任務を受けて、香港に移りました。日本企業担当の部下を募集するために、インターネットで広告を出したら、Kさんが応募してきました。

 当時、彼は、日本政府系某エネルギー企業で働いて、中東産油国の担当でした。中東のアブダビへ出張途中、香港での乗り継ぎがあって、その隙間を使って、香港での面接を行いました。即決で入社決定となりました。

 以降、ロイター香港で暫らく一緒に働き、私が2000年1月、東京のロイター・ジャパンへ帰任した後、私の後任として、Kさんはロイター香港の日系企業市場を担当しました。暫らくすると、彼がいつの間にか、ロイターを辞め、東京へ帰国し、行政法人のJ機構に入りました。海外駐在を希望しながら実現できなかったこともあってか、すぐにJ機構を辞めました。後、外資系金融機関2社ほど渡り歩き、1年前に、香港に舞い戻って、外資系金融投資会社に入社しました。

 今回、上海で会ってじっくりと話を聞くことができました。「人生のベクトルは、これで、決まりました。私はずっと香港で働くことにしました。これから6年は必ず香港で働いて、一旗を揚げます。それと、香港永住権を取ります」、とても心強い言葉でした。

 Kさんは、納得性を求める人で、納得のいかない会社や上司だと、耐えることなく、会社を辞めることで抗議します・・・

 サラリーマンとして、反骨精神か忍耐力か?

 サラリーマンは、ある程度の忍耐力を持たないと、とても勤まりません。会社は、組織行動であって、いろんな上司がいる以上、納得できないことがあっても当然でしょうし、また、それに耐えて行く忍耐力も美徳だと思います。でも、納得のいかないことがたくさんありすぎて、積み重ねてストレスを溜め込むことは決しよくない。一社員は、組織である会社と戦うことが難しいのですが、「会社を辞める」という行為で、抗議することはできます。

 しかし、決して、「会社を辞める」ことは、目的ではないはずです。本当の目的は、「現状を変える」ことではないかと思います。すると、以下5つの選択肢があります。

 ① 反骨精神×、忍耐力○ = 自分を変えて、現状に順応する。
 ② 反骨精神○ 忍耐力○ = 自分を変えて、現状を変える力を付けてから、現状を変える。
 ③ 反骨精神△ 忍耐力△ = 現状が変わるのを待つ。
 ④ 反骨精神◎ 忍耐力◎ = 上記①、②、③のミックスによって、現状の変化を実現する。
 ⑤ 反骨精神×、忍耐力× = あきらめる。

 「忍耐力」と「反骨精神」は、決して二者択一の関係ではありません。共存させながら、現状改変の実現を達成するものです。

 忍耐力と反骨精神の調和がだんだんと取れてきたKさんを見て、嬉しく思います。

中国の墓地は、あの世行きの物流拠点と金融拠点

 こんな質問をいただきました。

 中国お墓事情の質問:「泣き女」のその先は? 以前から、中国文化圏の泣き女とお葬式のドラマティックさ(派手さ)が気になっていたので、私も「おくりびと」受賞のニュースで、対照的な文化だなぁ、と立花さんの見解を読んで、改めてうんうん、と思いました。

 中国人の友達に「不動産バブルってことは、お墓用地不足じゃない?」と聞いたら、「ビルの中のロッカーみたいな箱に入れてあるよ」「え、でも、なんか・・・お参りにいくの忘れたりしない?」「それはそれでなんとかなる」と言われました。風水などは関係ないのでしょうか???

 日本でもこの方式が導入されつつありますが、一気に高齢化が進む中国、祖先を敬う=お墓が立派、というわけではないのでしょうか。お墓で見栄をはらないですむなら、うらやましく思います。実情をご存知でしたら、ご教示ください。なんだか、ものすごく変化をとげていそうな分野ではありますが・・・。

【回答】:

 行き着くところ、見栄っ張りの世界です。

 親が死んで立派な墓を作る。表向けには、親孝行という大義名分、裏には経済的実力を誇示する虚栄心が見え隠れします。

 親だけではない。子供の場合もそうです。子供を出世させたい。表向けには、「子供のため」という大義名分、裏には老後の頼りにするための先行投資・事前準備という意図が見え隠れします。「自分のため」・・・

 不勉強の子供を怒鳴りつける親をよく見かけます、怒鳴る理由は、「お前の将来のためだ」と言います。今度、子供が出世しても親孝行をしないと、親は、また怒鳴ります、「私があれだけ苦労してお前を育てたのに・・・」、だから、中国人の多くは、子供を育てる最終的目的は、ほかでなく、「自分のため」です。いかにも私利的です(年金等社会的セーフティネットの不備も原因)。もし、本当に「子供のため」であれば、子供さえ出世して幸せになれば、親孝行だろうと親不孝だろうと関係ないのではないでしょうか。

 親にも子にも、コンセプトが変わりません。自分の虚栄心だったり、自分の実利だったりします。そういう意味で、家族の絆を強くする必要があるのは、自分自身一人の努力や力で幸福になる自信や環境がないからです。決して中国社会全員がこうだと言いません。一人ひとり違うと思います。少なくとも、このような暗黒面は存在します。

 中国のお墓事情は、地球にやさしいとはいえません。墓地の話は別としても、お墓参りは、お花を捧げての清らかな形よりも、紙銭を煙むんむん燃やすのが多いのです。「紙銭」とは、亡き人が天国で必要なお金です。そのお金を、燃やすことによって、天国へ送金するそうです。「紙銭」は総称で、紙の天国紙幣以外に、紙の車、紙の家、不動産や動産など何でも、燃やして、天国に送り込むのです。墓地は、まるであの世行きの物流拠点、金融拠点のようです。

 「戦略ないのが戦略」、当たり前のことを当たり前にするだけ!

 某企業家が成功した秘訣としては、以下挙げられました。

 「納期を守り地道にコツコツとやってきた」

 「当たり前のことをただ当たり前にするだけ」

 私は、ビジネススクールで、「経営戦略」やら「マーケティング戦略」やらやたらと「戦略」を勉強してきましたが、はっきり言っていまひとつ要領を得ていません。

 商売の原点は、そもそも、これではないでしょうか。地道に、コツコツと、当たり前のことをただ当たり前にやるだけ、もう一つ、私から付け加えますと、日々、「お客様と社員に、感謝の気持ちを込めて」です。

 いま、経済紙をめくると、やたらと「戦略」の文字が目に付きます。企業は、本当にこんなに戦略が必要なのでしょうか?われわれ経営コンサルタントは、お金を稼ぐために、やたらと格好の良いこと、何でも「戦略」と名付けて顧客企業に売り込む・・・あまりにも無節操です。

 簡単なことを複雑にするのが、誰でもできるのですが、複雑なことを簡単にするほど、複雑なことがないのです。

 コンサルティング名門のM社やB社ももれず、「戦略」を語らぬ日はないほど、「戦略」好きです。「戦略」は本当に役立つのでしょうか。一流のコンサルタント、一流の経営者、一流の「戦略」があったら、世界がバラ色、企業はバカ儲け、「戦略」がここまで語られても、世界が不況のどん底に陥り、企業が大切な社員をリストラするのは、なぜなのでしょうか?

 そもそも、「戦略」とは、何かを問いかけたい。

 「戦略とは、やることとやらないことを決めることです」――これは、私が大金を払って、ビジネススクールから学んだことです。これだけのことです。当たり前のことを当たり前にやるだけのことです。

 要は、戦略ないのが、戦略なのです。

 「当たり前のことを当たり前にやるだけ」、それだけのことを、企業がコツコツとやれば、必ず報われると私が信じています。

 数ヶ月前、当社の面接に来た候補者から、「御社の中長期的戦略は何ですか」と聞かれたとき、私は、「戦略がないのが、当社の戦略です」と言いました。候補者が、漠然とした表情でした。

<上海>日本料理炉端焼・北彩、素材ならここが一番

 上海の日本料理店では、食べ放題や飲み放題が氾濫しています。私は、食べ放題系に行くのが年にせいぜい1回か2回程度です。原則、非食べ放題店しか行きません。「食べ放題」が日本料理の代名詞になっているのが、誠に悲しいことです。これが現地化だとすれば、日本の食文化に対する甚だしい歪曲です。

 考えてみてください。150元くらいの食べ放題で、店のコストを引いて逆算すると、まともな食材を使えば、採算割れで店が潰れてしまう。食べ放題の店に、素材などを求めること自身がナンセンスです。

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 手頃な値段で食材を楽しめる店といえば、まずこの「北彩」です。いまの「北彩」は一回移転しています。移転前の「北彩」は、料理人からサービススタッフまでほとんど日本人でしたが、今はかなり現地化して、中国人ばかりです。しかし、味は基本的に落ちていません。オーナーの浅野さんが店中を見回って、品質管理に精を出しています。ありがとうございます。

 店の場所が悪い。延安路沿いですが、派手な看板もなく、暗いスポットライトしか付いていません。初回行くとき探すのが苦労するかもしれません。駐停車も大変です。でも、それで良いのです。なぜか世の中、美味しい店はみんな分かりにくいところにあるのか。探すのに苦労する分、期待感が高揚するので、たまりません。

 店に一歩踏み入れると、凄い熱気が伝わってきます。今日もほぼ満席状態。カウンター席越しにオープンキッチンがあり、料理人の仕事ぶりを目で楽しむことができます。カウンターの一部がショーケース代わりに、氷が敷き詰められ、当日の魚が並べられています。北海道辺りの店ほどの豪快さに欠けますが、とりあえず視覚で食欲が駆り立てられます。

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 私の場合は、まず、刺身から行きます。盛り合わせでもよく、好み又は当日のフレッシュだけでも良い。お酒は、やはり辛口の「出羽桜」。お酒がまだ残っている間に、「あん肝」や「塩辛」といった珍味もちびちび。さらに、グリーン系がほしくなって、「蚕豆」を注文。季節はずれですが、なぜか甘みがあって、非常に旨い。いよいよ、日本酒二合空けると、第一ラウンド終了。

 第二ラウンドは、魚です。今度、日本酒から焼酎に切り替えます。今日は、北海道を味わいたくて、しそ焼酎の鍛高譚(たんたかたん)ボトルを注文。料理は、もちろん焼き。お勧めの太刀魚でシンプルな塩焼きにしました。焼き台のおばさんのシャイな笑顔がとても可愛い。一生懸命焼いてくれた太刀魚は、分厚い身ホクホクして頬張ると、幸せ一杯になります。

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 第三ラウンドは、肉です。これもまた焼きです。レバー、つくねと豚とろに、野菜はしし唐。うん~、どちらかというと、「北彩」はやっぱり魚の店です。肉系はまずくありませんが、魚に比べると、遜色を感じさせます。でも、とりあえず、合格点。

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 いよいよ、第四ラウンドの締めくくり、今日は、焼きおにぎりとアサリ汁。なかなか香ばしく焼けていて満足でした。

 私は、かなりの大食いなので、目の前にいろんな食材が並べられると、ついつい誘惑に負けてしまいます。帰宅すると、東京から送ってきた人間ドッグの結果が待っていると思うと、気が重い。

私はこうして会社を辞めました(1)―早稲田よりも慶応?

(敬称略)

 私の出身校は、早稲田大学だ。しかし、私は、早稲田よりも、あのライバルの慶応義塾大学が大好きだった。

 早稲田人なら、誰もが、あの「都の西北」を誇らしげに歌い、そして、声が枯れるまで「フレー、フレー」するのが流儀だが、私は、いつも口バックだけだった。

 私は、「先輩」、「後輩」と呼ぶのも、呼ばれるのも、大嫌いだった。名前呼び捨てされるのも、呼び捨てするのも、大嫌いだった。

 私は、野球優勝で歌舞伎町のどぶ池に飛び込む早稲田人を軽蔑していた。

 私は、色気のない(?)早稲田嬢との飲み会をサボって、女子短大合コンに熱を出していた。

 私は、試験にならないと、担当先生の顔さえ分からない、出席率がゼロに近い悪学生だった。

 私は、学校よりもバイト先の不動産屋のバブリーな社長の地上げを手助けするのがすきだった。

 私は、見栄っ張りで日産の愛車を乗り回して、六本木のディスコでワンレン・ボディコン(いずれも当時の名称)と踊りまくるのが得意だった。

 私は、早稲田よりもやはり慶応が好きだった・・・

 なら、お前は慶応に入ればいいじゃん!と怒鳴られたりすることは、何回も何回もあった。

 そんなこと言わなくても特にやっているよ。しかし、私は、慶応を受けても受けても落第だった。最後の最後まで、20歳の年、受かった大学は、「早稲田大学」と「日本大学」の二校だった。迷いに迷った末、「お前はいいかげに大学に入らんか、仕送り止めるぞ」と親の一喝で、早稲田入学が決定となった。

 四年間の大学生活は、あっという間に終わろうとする頃に、就職を考えるよりも、毎日、郵便ポストに入っている会社案内の整理と先輩リクルーターの就職勧誘への対応に明け暮れていた。

 私は、大学生のときからの変人奇人だった。

<次回>

竹中平蔵さんと茹で蛙さん、かえる!

 先週金曜日(2月20日)、竹中平蔵元大臣の上海講演を聴きました。

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 物事をはっきり言う竹中さんは、私の好きな政治家の一人でしたので、主催者のパソナさんから招待を受けて、喜んで講演会に出席しました。

 「世の中の変化は、実際に水面下で徐々に起きていますが、現象面では、ある日突然、一気にそれが顕在化します。水がぶくぶくお湯となり、ある臨界点に到達すると、沸騰します。これは、ティッピング・ポイントといいます。世界経済、外部環境は今、ティッピング・ポイントにさしかかっています」

 「私たちが今まで変えないでやってきたことを、ここで、変えなければなりません。変えるのなら、思い切って、変えましょう!根こそぎから変えましょう!そうすると、ピンチがチャンスになります。小出ししか変えないのなら、ピンチがより大きなピンチになります。いまは、まさにこのようなティッピング・ポイントに差し掛かっています!」

 竹中さんは熱弁を振るいます。

 実は、竹中さんが言っている「ティッピング・ポイント」に関連して、ある寓話を思い出します。

 沸騰している熱湯の鍋に蛙さんを入れると、蛙さんは慌てて外へ飛び出します。しかし、その蛙さんを常温の水に入れ、水温を少し上げていくと、ぬるま湯となり、蛙さんは見るからに満足げな様子です。さらに、水温を上げていくと、蛙さんは依然と動こうとしないまま、だんだん体力を消耗していきます。そして、熱湯となり、沸騰してきたところ、蛙さんは、すでに鍋から飛び出す力がなくなり、そのまま茹でられ、死んでしまうのです。生存への脅威を感じる蛙さんの体内センサーが、環境の突然の変化を感じることができても、ゆっくりした漸進的変化を感じられずに、臨界点のティッピング・ポイントを迎えます。

 人間は、徐々に忍び寄る脅威を察知できなかったり、察知しても早急な対応せずに現状維持しようとしたりします。ところが、量の漸進的変化によって、最終的臨界点に到達すると、一気に、質の変化を迎える。

 いま、中国の事業環境も、まさにティッピング・ポイントに差し掛かっています。在中日系企業の皆さんは、鍋から飛び出す決心は付いたのでしょうか、飛び出す力のあるうちに飛び出しましょう。

 蛙さんよ、「変える」時期が来ましたよ。

「先生業」にろくな人間はいない、先生と呼ばないで!

 コンサルタントを長くやっていると、皆さんに「先生」と呼ばれることが多い。しかし、私本人は、「先生」と呼ばれるのが好きではありません。2-3年前までには、「先生」と呼ばれるたびに、「すません、「さん付け」でお願いします」と、相手に一一矯正していましたが、にもかかわらず、それを忘れて、次また「立花先生・・・」と口が滑ってはすぐに、「あっ、ごめんなさい、立花さん・・・」と慌てて訂正する方もおられました。あまりにも、私が強引で失礼だと思って、「矯正」をやめました。時間が経つと、最近「先生」と呼ばれても、あまり違和感を持たなくなりました。しかし、内心では「先生」という呼び名に対する感情は、本質的に変わっていません。

 昨年、日本で開催された法律事務所関係のセミナーで、弁護士の「先生」たちの前で、この話を持ち出しました。

 「先生業に、ろくな人間はいない!」、すると、大手S弁護士事務所(日本)の有名なベテラン弁護士W先生がすぐさまに言い放しました。その場では、一瞬空気が凍りついた・・・

 少し、過激な言葉ではありますが、大変、考えさせられます。私は、このW先生が言ったことについて、二つの面から解読することができるのではないかと思いました。

 まず、「マイナス解読」です。いわゆる「先生業」に網羅される業種は、弁護士、医師、議員、コンサルタント、教授、講師、教師、学者などです。「先生」という漢字をそのまま分解すると、「先に生まれた人」となります。現代になると、年齢にあまり関係なくなり、広義的に、学識をもって、他人をリードし、指導する地位にある人を指すようになったようです。言ってみれば、「先生」は、品行方正で潔い人でなければなりません。しかし、現状は、どうも違います。議員や弁護士、医師に、不徳極まりない輩が増えているのは、実業界ならやむを得ないこととしても、あのもっとも潔いとされるアカデミックな学界でも、遺跡捏造や研究成果の盗用など不祥事が頻発しています。モラルの崩壊です。このような世の中ですので、「先生」という業種の人への軽信と付和雷同を慎むようにと呼びかける趣旨だったと思います。

 次は、「プラス解読」です。「ろくな人間」を、どう解読すべきか。プラス的に捉えると、とりわけ弁護士やコンサルタントについて言ってみれば、悪知恵を持った「並ではない人」、「凄い人」という風にも理解できます。ここが肝心です。「悪」とは何かです。殺人罪を犯した凶悪犯のために弁護する弁護士は、その有能さで、犯人は死刑を免れた。社会的世論や正義論からいえば、この弁護士が悪人の見方であるかのようにも見られる一方、プロフェッショナルの面からいうと、凄腕で同業者の弁護士たちに尊敬される存在になります。一般的社会の常識から捉える「ろくでなし」でも、プロのモラルという視点から見ると、英雄になったりします。

 結論は、一つです。どんな「先生」でも、プロとして、その必要な技能を超えて、クライアントの利益を守るという使命感とモラルを失った時点で、ただの「くず」になる・・・ 

 「先生」という名、「コンサルタント」という名に、大変な重みが込められていることは、W先生に学びました。大変感謝しています。昨今、資格職業である弁護士の数が増えつつある一方、それ以上に驚異的なスピードで急増しているのは、非資格職業のコンサルタントです。コンサルティング業の急成長ぶりを目の当たりにして懸念せずにいられません。特に、「中国コンサルタント」と名付ける人たちは、まさに玉石混交状態です。「玉石混交」とは、どういうことだろうか。コンサルタントを評価する尺度は、専門的な知識や技能、語学だけでなく、より中核的なものは、顧客企業の問題を解決できるかどうか、目的を達成できるかどうかです。もちろん、その前提は、顧客企業が問題意識と目的達成の意欲を持つことです。ですから、顧客企業や案件の状態によって、どんなコンサルタントも、「玉」になったり、「石」になったりします。経験を積んでいけば、より「玉」になる確率が上がり、いわゆるプロフェッショナルになっていくわけです。

 「100人くらいの患者を死なせて、はじめて名医になる」と、あるベテラン医師がこう言います。私個人的にも、コンサルタントとして、成功事例も失敗事例もたくさん持っています。成功すれば、顧客企業にとって「玉」になり、嬉しいのですが、失敗したとき、ただの「石」になってしまい、無性に悲しくなります。

 私がコンサルタントと自称して、はじめて営業で企業に行ったときのことを思い出します。「コンサルですか?貴方の事例を見せてください」と言われると、私は、「すみません、貴社は事例になります」と平気で言い放しました。何という酷いことだろう・・・

 ああ、なるほど、そういう意味で言えば、医者もコンサルタントも、先生業として「ろくでなし」ですね・・・

 一人でも開業できる、一人でも営業できる、起業のための設備投資がほとんど要らない、自分のカラダで稼ぐ・・・ 世の中に、これら条件を満たす職業は、概ね分けると2種類あります。コンサルタントや弁護士、芸術家、作家といった「上半身グループ」と売春という「下半身グループ」です。

 「売春」とは、「春を売る」。「春」とは、「活気」、「希望」の象徴。これで考えれば、「売春」というのは、プロフェッショナル性がなければ決して務まらないことが分かります。現に売春は、立派な産業としても、経済社会の一部を成しています。韓国刑事政策研究院の公表データによると、韓国では、2003年時点で24兆ウォン(約2兆4000億円)と国内総生産の約4%を売春業で占め、20歳以上の韓国人女性の25人に1人が売春婦だそうです。売春は、コンサルティング業に匹敵するか、それを上回る産業なのです。

 中国では、唐の時代に大規模な遊郭街があって、売春は一種の文化として開花していた。日本文化の多くは、中国の唐文化の影響を受けているといいます。売春も、中国の影響を受けてか室町時代に遊女たちが集う遊郭街が京の辻々に出現し、徳川時代になると、京都島原や江戸吉原に公認の遊郭街が出来上がったわけです。言ってみれば、古代の日本も中国も、売春というのが文化であって、産業であったため、売春婦が一種のプロフェッショナルとして社会に認められました。しかし、近代になると、多くの国では、売春が禁止されたり、制限されたりして、白昼堂々と語れるものではなくなりました。すると、売春婦そのものも、プロフェッショナルからアマチュアに変身し、社会の最底辺に転落し、文化の色もすっかり褪せてしまいました。

 歴史の潮流に逆らって、売春の合法化・公認化を求める趣旨ではありませんが、カラダ一つで稼ぐ業種としてのプロフェッショナル性の喪失ついて、残念に思います。

 少し、話が脱線しましたが・・・

麻生首相のうつ病?と日本人駐在員のうつ病

 「奇妙な笑い」、「さまよう視線」、「不眠」、「ツメ噛み」、「体重5キロ減」・・・

 うつ病の症状が、我が国の総理大臣の身に確認された。某週刊誌の報道で国内外一斉に騒然としました。報道によると、精神科医の和田秀樹氏は、「直接、麻生さんの診察をしたわけではないのですが、精神科医の立場で言えば」と断りつつ、基本的にはうつ病、視線がさまようのは、うつに良く見られると断言し、首相という立場の人がこの状態であるのは問題で、はやめに専門医で通院・投薬治療をすべきと言い切った・・・

 麻生首相が果たしてうつ病かどうか、追及しません。この一件で、私が、思いついたことがあります。94年から私の中国勤務暦(一部東京勤務を除く)は14年を超えます。この14年の間、私の周り、私が知る限り、うつ病にかかった、又はその疑惑のある日本人駐在員は10名以上いました。

 中国での生活や仕事の環境、実情は、通常の日本人が想像できる範囲、理解できる範囲を遥かに超えているのです。台湾や香港地区で勤務して、大陸に転勤してきた日本人も、同じ中国人というのにこれだけ違うと驚きを隠しません、このような日本人も多数います。

 麻生首相は民主党、自民党内の一部、マスコミ、国民から大きなプレッシャーを受けています。仮に麻生首相がうつ病になったとすれば、これは、「量」のプレッシャーによる被害者です。自動小銃、機関銃、大砲などの一斉掃射で、倒れた犠牲者なのです。

 しかし、中国の日本人駐在員で、うつ病になった人たちのほとんどは、「質」のプレッシャーによる犠牲者です。量は多くないものの、本人が想像もできないような精神的な衝撃を受ける。その破壊力が甚大です。まるで原爆のように、物理的に見た目では小さな爆弾でも、連鎖反応を起こし、最終的に大破壊になるのです。

 客観的環境で、日本人駐在員は、心の病気にかかりやすい。医者でもない私の私見ですが、「被害者妄想」というのが一つ著しい症状ではないかと思います。いま、中国に派遣した日本人社員に、メンタルケアを実施している日本企業はどのくらいいるのでしょうか。私が以前在職した外資系企業で、中国駐在したとき、メンタルケア制度がありました。心の病を認められた場合、必ずカウンセラーにかかるように求められます。日本にも、メンタルケア心理士という資格があります。心の病のほとんどが鬱憤や不平不満の蓄積によるものだと私が理解しています。誰かに訴えたい、聴いてくれる人を求める、これはまだ早期段階ですが、誰にも言いたくない、一人の世界に閉じこもるとなると、末期ではないかと思います。メンタルケアのカウンセラーの主な治療手段は、あの手この手使って患者に話してもらい、心を開いてもらうことです。もちろん、本格的な薬物治療で補助することも必要不可欠です。

 麻生首相が帝国ホテルの高級バーを好んで、通っていました。私は、日経新聞の「首相官邸」を毎日チェックしています。ここのところ、麻生首相のバー通いの回数がめっきり減りました。これは、決して良いことではありません。バーで一杯飲んで、一日の鬱憤を晴らす、つまり、ストレスを極力に溜め込まないというのは、メンタルケア上大変重要なことなのです。ところが、麻生首相のバー通いは、マスメディアから酷く叩かれました。こんな不況なときに、庶民の生活苦を無視しての高級バー通いはけしからんと・・・ それなりの道理はあります。私は、麻生首相の政策や政治理念を決して賛成しません。麻生政権の統治能力のなさについても見下します。しかし、首相も、一人の人間ではありませんか。彼は大きなプレッシャーの下で一生懸命やっていることも忘れるべきではありません。飲酒後のもうろう記者会見で辞任に追い込まれた中川元大臣を当初、容認・慰留した麻生首相は、政治盟友の失脚を恐れる気持ちもあろうが、「飲酒盟友」に対しての同情心はまったく持っていなかったのでしょうか・・・

 在中の日本人駐在員は、いろんなプレッシャーに直面しています。くれぐれも、メンタルケアをおろそかにすべきではありません。ゴルフやカラオケ通い、居酒屋でのやけ酒、後ろめたさなんて気にせずに、節度をもっていれば、どんどんやるべきでしょう。心の健康が第一です。

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