「無簾聴政」スーチーのミャンマー、混迷時代の幕開け

 ミャンマーの総選挙。「スーチー商店」の野党NLDは圧勝の勢いを見せ、政権交代がほぼ間違いないようだ。混迷はここから始まる。

 憲法上外国人の配偶者であるために大統領になれないスーチーは早くも、「大統領より上の存在になる」と言い放ち、政策を一人で決める意欲を露骨に示した。いわゆる摂政政治の始まりだ。

 「垂簾聴政」を想起せずにいられない。中国の皇帝が幼い場合、皇太后が代わって摂政政治を行う。女性である皇太后は、大臣らとの直接対面を避けるため、皇帝の玉座の後ろに御簾を垂らし、その中に座っていたことからこう呼ばれた。

 スーチーには御簾が不要だ。むしろ頻繁に表に出てくるだろうから、「垂簾聴政」ならぬ「無簾聴政」である。NLDから擁立された大統領はスーチーの代理人、スポークスマンに過ぎず、ある意味で傀儡だ。となれば、失政の全責任はスーチー一人が取らなければならなくなる。

 民主主義の闘士と国家運営者に求められる資質がまったく違う。このことは、多くのミャンマー国民は理解できていない。スーチーの失政が明らかになるまで、理解はできないであろう。数年間、スーチーの政権運営が失敗すれば、ミャンマー国民が理性に回帰し、そこで比較的に安定する民主主義が芽生えるだろう。

 言い換えれば、スーチーが一度女王(裏女王)にならない限り、彼女自身も多くのミャンマー国民も絶対に諦めない。そのため、一度だけでもいいから、「スーチー王朝」が必要だ、それは民主主義の代価である。

 テイン・セイン大統領が改革を決断し、民主主義をミャンマーにもたらしながらも、最終的に民主主義によって下野に追い込まれる。一見自殺行為に等しい愚行であった。だが、そうではない。テイン・セインは大変賢い。彼は先の先を読んで自らこの道を選んだのであろう。

 そういう意味で、将来的にミャンマー史に名を残すのはスーチーではなく、テイン・セインなのかもしれない。

 ただこれからの数年間、スーチー裏操縦の統治下に置かれるミャンマーは、混乱に陥る可能性がある。少数民族問題や宗教弾圧といった政治・社会問題だけでなく、インフレ率の上昇と通貨安、経済に及ぶ影響も甚大だ。スーチーがテキパキとこれらの問題を片付けられるのか、非常に怪しい。であれば、外国投資者にとって間違いなくマイナス要素になり、ミャンマーより安定した国に目を向けるかもしれない。

 私自身も2年半前、半年をかけてリサーチを行った結果、最終的にミャンマー法人の設立を中期的に、断念した。ミャンマーの本格的なテイクオフは、あと5年から10年、いやもっと長い期間が必要なのかもしれない。

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コメント: 「無簾聴政」スーチーのミャンマー、混迷時代の幕開け

  1. お久しぶりにコメントさせていただきます。
    知性も教養の無い私ですがいつも貴ブログでお勉強させてもらってます。
    まず「垂簾聴政」の意味すら知らなかったので,まずグーぐって・・のレベルの私ですが、FB及びブログの更新いつも楽しみにしてます^^
    (因みに私もワンちゃん好きです。こっちも楽しみにしてます^^)

    昔漠然と思ったのが「スーチーさんって、閉じ込められてても、きれいでスタイル良くて品がある女性だな~~~。私なら太るな」ぐらいの感想レベル。 
    ミャンマーや中国マレーシアの実情についても、ちょっと背伸びしてしがみついてお勉強させてもらってる感じで立花様FBやブログの更新を待ちわびてます。
    同じMM2Hホルダーなのにこのレベルの違いは何????って感じです^^
    頭の中身はMM2Hの審査対象ではなかったのでセーフ^^

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