「中国性教育啓蒙の大役」飯島愛の死、性には国境なし

 少し前の話になります。

 元タレント・AV女優飯島愛の死で、中国人の対日好感度が今かつてない最高レベルに達しました。インターネットを見ても、飯島愛を絶賛するコメントであふれています。これまで、こじれる日中関係であれだけ苦労してきた日本の政治家たちも真っ青。

 「飯島愛が代表する日本のAVは、中国の性教育欠如の年代に、啓蒙の大役を果たした。」
 「飯島愛は、一人一人の中国人男性の心の中で生きている。」
 「飯島愛の体に見えるのはセクシー、淫乱と肉欲だけではない、女優としてのハートと頭脳、そしてそれを鑑賞する男性の趣味、欲望とインテリジェンスが・・・」

 中国屈指の名門ブログ「西祠胡同」(www.xici.net)に、「毛片についての記憶の断片」という投稿が掲載されています。その一節を和訳して紹介します。

 「毛片(ヘア露出映像)とは何か?画面の下限は、女性の乳房の長時間露出と性的内容の大量表現、上限は赤裸々のセックスシーンである。この上下限の間の範疇にあるすべての映画・ビデオ作品は、毛片という。・・・(中略) アメリカのポルノ映画の輸出高がハリウッド映画をはるかに超えていることをあとで知った。全世界人民にとって、毛片はなくてはならないことが証明された。われわれは、毛片は洪水猛獣であり、麻薬毒品であるという教育を受けてきた。まったく、これは、中国人民を全世界人民と対立させるようなことで、中国人を人類のスタンダードから外すような愚挙だ。或いは、反人類的だとさえいえる・・・」

 中国では、通常「性」の話題はご法度です。中国人は、よく日本人のことを変態だといいます。本当にそうなのだろうか? 中国性学会理事長・アジア太平洋学会顧問徐天民教授は、こう指摘します、「性文化は、中国の長い歴史を終始貫き、それが唐代でピークを迎え、その後の宋・明の時代にどん底に落ちるような発展をたどっている」。宋代以降、中国で理学が勃興し、封建的観念が社会を統治し、性文化が全面的に抑圧され、今日に至りました。一方で、日本は、どちらかというと、開放的な性文化を含む中国の唐の時代の文化を全面的に受け継ぎ、中国の儒家的思想を排除したと言って差し支えありません。そして戦後の日本は、アダルト産業を一大産業として育て上げ、飯島愛はその産業のスターとして生まれました。

 ある中国人のブログを紹介します。

 「文化の橋渡しとは何か、もっとも簡単に民族や文化のボーダーを越えられるのは、ほかでなく、性と愛なのだ。飯島愛は、無意識に中国の男性の啓蒙教育の大役を引き受けた。・・・(中略)日本では、AV女優は公衆に認められる職業である。娼婦とまったく違う次元の芸術であり、独特の日本文化でもある。日本に対して強烈な反感を持ちながらも、そのAV文化に憧れる中国人は、狭き島国である故に生まれた変態文化という。しかし、変態かどうかは別として、AVは日本の一大産業であり、完全なる産業チェーンを形成している。特技を持たない無名な女性にとって、これは間違いなく出世道である。ある意味においては、日本社会の包容力、多元性及び開放性を反映している。きわめて開放な社会だからこそ、この種の文明が生まれるわけだ」

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 「中国人が認めようと認めなかろうと、AV女優は中国で絶対的な民心を得ている。中国の裏ポルノ映像といえば、日本モノが元祖であり、啓蒙の大役を果たしていることは否めない。中国にAV女優がいない。これは、決して中国人がAV女優を必要としないことも意味しなければ、中国社会が日本よりも文明的だということも意味しない。これは、逆に中国社会の閉鎖性、主流文化の虚偽と自己誇示の愚かさを示すほかならない」

 「中国には、飯島愛がいない。しかし、何万人もの娼婦がいる。彼女たちが日の当たらない地下で働き、彼女たちは中国の性風俗産業、性文化の主力軍であり、また、社会に軽蔑される最底辺の民衆でもある。彼女たちは、尊重されない。彼女たちは、生存権さえ守られていない。中国のアダルト産業では、飯島愛のようなスターが生まれるはずがない」

 「一人の飯島愛で、中国と日本の大きなギャップが浮き彫りにされる。彼女個人のシグナルでいえば、個性を持つ女性として、またその個性をアピールし、自分を見せる舞台をもってこそ、彼女は社会の最底辺からスターに躍り出た。しかし、一人の若い中国人女性はこれができるのだろうか?まして、彼女が肉体を売る人だったら?中国の虚偽の主流文化は、決してこのような人を容認しない。ほかに道がなく、この中国人女性がある役人の妾になり、或いは運がよければ、好きでもない金持ちを見つけてはさっさと結婚していくしかないのだ。彼女たちは、飯島愛より純潔だと言えるのだろうか?」

 「・・・(中略)中国人は、いつも日本人に負けてはいけないと考える。しかし、中国人女性の中から、このように男性大衆のアイドルとなりうる人は決して見つからない。なので、中国人が中日両国のギャップを比較するとき、アホのようにトヨタ製の冷たい自動車ばかり目を釘付けにするのではなく、男を熱血沸騰させるAV女優にもっと目を凝らすべきだ。前者がハード、後者がソフト、ソフトがあってのハードだということを知れ!中国改革開放30年も経っていまだに、トヨタのような世界に売れるナショナルブランド製品が生まれない。その根源は、中国にAV女優のような文化がないことにある。日本人は、真実を語る。彼たちは、愛や憎しみを表現し、欲求を表現する。しかし、中国人は欲求があるにもかかわらず、いつまでもそれを闇の中に隠し通そうとする」

 「偽りの開放の国土、思想が真に溶け合うことのできない場所、永遠に真の先進国にはなりえない。日本に目を向けよ」

 私が、上記のブログを読み、感動しました。このような中国人がもっと大勢いれば、中国はもっと素晴らしい国になると思いました。決して、アダルト産業を育てよ、飯島愛を育てよとは言いません。産業もスターも育てればできるものではありません。大切なのは、産業やスターそして文化が育つ土壌なのです。

 高速道路や高層ビルだけでは、中国は行き詰まる。文化を育てる時期に、いま中国がさしかかっています。

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