日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告が密出国した事件で、計画に関与した人物がその約3カ月前に関西国際空港を訪れ、警備に大きな抜け穴があることを確認していたとメディアに報じられている。ふと思い出したのは私自身の体験、3年前に日本国内某A地方空港の国際線ターミナルでの出来事。
2016年12月某日、私は日本出張を終え、次の出張先である上海に立ち寄ってから居住地のクアラルンプールへ帰還するため、A空港国際線ターミナルを利用した。その際、同ターミナルの保安体制に重大と思われる瑕疵があったと認識し、空港保安警備会社B社と空港警察の現場担当者に懸念を繰り返し申し出たにもかかわらず、真摯な対応を得られなかった。
● 受託手荷物保安検査上の重大なリスク
民間航空機の乗客荷物の保安チェックは通常、預け入れ荷物(受託手荷物)と機内持ち込み荷物と大別される。私が今回問題提起したいのは前者である。
私は海外に住んでおり、数多くの国際空港を利用した経験からいうと、一般的にチェックインカウンターで荷物を預け、その荷物がカウンター内部に設置されたX線検査を受けるような仕組みになっている。
しかし、A空港国際線ターミナルでは、以下の独自の保安検査形態を取っている――。
①チェックインカウンター外のX線検査を受けたうえ、小さな「チェック済み」シールを荷物の開口部に貼り付ける。→ ②乗客がその荷物を一旦受け取り(乗客の保管下に置かれる)、チェックインカウンター前で列をなして、チェックインを待つ。→ ③チェックイン手続して荷物を預ける。
問題は上記の②。「チェック済み」の荷物が再度乗客の手に渡る。カウンター預けまでの間に乗客や第三者が何らかの方法によって危険物を混入させる可能性があるからだ(私が思いつく手法は何通りかあるが、安全上の理由で、ここでは公開しない)。私の懸念の正当性を確認するために、私とその現場にいた保安検査担当者Cさんとの間で、以下の旨の会話が交わされた。
私 「預け入れ荷物は通常、チェックインカウンターのなかで保安検査をします。このように、外で検査して、検査済みの荷物がもう1回乗客の手に渡って、チェックインカウンターの前で列をなして待っている間に、異物混入とかのリスクはありませんか」
保安C 「われわれは、その列を監視、チェックしていますから、問題ありません」
私 「その監視、物理的にできるんですか。安全性をあなたたちが保証しますか」
保安C 「いや、ですから、われわれはやっていますから」
私 「やっているのとできるのと話はぜんぜん違います。それよりも、チェックインカウンターのなかで検査したほうが安全性が高いんじゃないですか」
保安C 「いや、ここはチェックインカウンターの中には検査の機械がありません。外部に設置しているのですから、外部でやるしかありません」
私 「内部に移設すればいいでしょう」
保安C 「それは、できません」
私 「どうしてできないんですか? 安全性向上のための改善だし、運営合理化にもつながりますが」
保安C 「申し訳ありませんが、それはちょっと、できません」
私 「あなたたちの仕事がなくなるからでしょう。それだけのことでしょう」
保安C 「はい」
そこまであっさりと素直な肯定を得られるとは、正直私は予想しなかった。もし本当にそうであれば、それは大問題だろう。そこで、私は検査済みシールを張られた荷物をもって、チェックイン待ちの列に並び、観察を続ける。
保安員Cさんが言っているような「検査済み荷物の継続監視」は、まったく感じられなかった。いや、むしろ不可能だろう。雑多な乗客が列をなしているなか、数メートルないし十数メートルも離れた検査場の保安員が監視の目線を届けることは困難である。そのうえ、保安検査場の担当保安員4名は検査やシール張り、問題荷物の開梱検査に専念している以上、物理的に余裕もなく、継続監視は不可能だろう。
一方、隣のチェックインカウンター担当の保安検査場では閉鎖中のため、待機中の保安員数名が談笑している。私はその保安員たちに聞いてみたら、どうやら保安警備担当のB社の契約先(航空会社?)が違うため、メンバーの相互応援協働はできないようだ。
空の安全、乗客の安全。そのために最大の努力や最善を尽くすのが、空港保安警備業務の第一義的責任であろう。しかし、そのための姿勢や意欲、私にはその欠片も感じられなかった。
まだこれだけではない。問題はここから芋づる式に出てくるのである。
● 保安警備機能の実効性不全
受託手荷物の万全な保安検査レベルを確保するには、検査機器のチェックインカウンター内部への移設が急務である。それまでの間は、検査済み荷物が再度乗客の手に渡った時点からカウンター預けが完了するまでの間の増員・監視体制の厳格化は欠かせない。
しかしながら、B社の運営現状では、異なるチェックインカウンターの保安員間の相互応援協力体制ができていない。閉鎖中カウンターの保安員たちが単に暇で雑談しているだけだ。
私が提示した質問・疑問に対して、別の保安員Dさんは「すみませんが、このような体制になっていますので、ご理解ください」との一点張りだった。さらに、現状確認用の写真に収めるべく、私がカメラを向けた時点で、保安員Dさんは、「ここは写真撮影禁止です」と制止に乗り出した。
場所は、出発ロビーの一般エリアである(保安検査場外)。「写真撮影禁止」の標識はどこにも掲示されていない。念のため私は確認する。「写真撮影禁止の標識はどこにあるんですか」
保安D 「私が写真ダメだと言ってるんでしょう」
私 「ですから、その根拠を示してください」
保安D 「テロ防止上、写真撮影禁止です」
私 「テロ防止はわかります。そのための空港保安警備管理条例みたいな根拠があるはずですよね。それを見せてください。私はそれに従います」
保安D 「だから、私が言ってるんじゃないですか。写真はダメです。従わないと、警察を呼びますよ」
私 「そのほうがいいですね。警察官に確認したほうが分かりやすい。ぜひ、呼んでください。すぐに呼んでください」
保安D (行動なし)
私 「警察を呼んでください。待ってますよ」
保安D (行動なし)
私 「警察を呼びましたか。早く呼んでください」
しばらくすると、別の保安員制服姿の人がやってきた。Dさんの上司と自称しているが、氏名を明かさない。Eさんとしよう。
保安E 「お客様、空港警察交番は、正面を出て右手にあります。何か確認したければ、あちらへ行ってください」
私 「話がぜんぜん違いますね。あなたの部下のDさんが警察を呼ぶと言いましたから、私がここで警察を待っているのですよ。問題の現場はここですよね」
保安E (Dさんに)「君、そう言った?」
保安E (Dさんを引っ張っていき、こそこそ話を始める)
その後も数回、私が「警察を呼んでください」と求めたところ、ようやく警察官がやってきた。
警察 (私に)「身分証明書を見せてください」
私 (パスポートを渡す)
警察 「住所は」
私 「マレーシアの○○××」
警察 「いや、日本国内の住所をください」
私 「ありません」
警察 「何らかの住所があるはずでしょう」
私 「ありません。ないものはない」
警察 (パスポートに張られた私のマレーシア居住ビザを眺めながら)「ここになぜマレーシアの住所が書かれてないんですか」
私 「それは、マレーシア政府に聞いてください」
警察 「住所がないのが困りますね」
私 「日本人で日本国内に住所がなくて、外国に住んでいる。外国政府発行の公文書類に外国の住所が記載されていない。それだけであなたが困るなら、警察官として、しかも国際空港の警察官として失格でしょう」
警察 (しばらく黙り込む)「写真撮影の件ですが、B社の保安員の指示に従ってくださいね。次回は撮影しないように守っていただければ、今回はこれで結構です」
私 「ちょっと待ってください。この件は終わっていません。出発ロビーでの写真撮影禁止に関して、まず禁止標識が見当たりません。それから、法律根拠はどこにあるのか、それを確認したくてあなたに来てもらったのですよ。教えてください」
警察 「ですから、B社の保安警備員の指示に従ってくださいと言ってるんでしょう」
私 「その指示の法的根拠を知りたいんです。あなたがプロの警察官ですから、それを知ってるはずですから、教えてください」
警察 「言ったじゃないですか。次回撮影しなければ、今回はこれで結構です。あなたも納得したんでしょう」
私 「いいえ、納得していません。私の質問に答えていただいていませんから、納得できません。もう一回聞きます……(繰り返し)」
警察 (黙り込んで、私から離れたところで無線交信を始める、5分ほどで戻ってくる)「あの、何回も繰り返してるんですが……(繰り返し)、それで納得したでしょう」
……(「納得したでしょう」「納得していない」の繰り返し、平行線を辿る)
私 「じゃ、質問を一旦変えましょう。出発ロビーでの写真撮影禁止の法的根拠はさておいて、禁止は間違いありませんね」
警察 「完全禁止とは言っていません。写真撮影の目的と撮影の内容によります」
私 「なるほど、完全禁止ではなく、事情によっての一部規制ですね。その目的は何ですか?」
警察 「テロ対策上」
私 「そうですよね、とっても大事なことですからね。では、私が写真を撮影したかどうか、撮影したとすれば、どういう目的で撮影したか、どのような写真を撮影したか、あなた、それで分かっているんですか。分かっていないでしょう。分かっていないまま、単に『納得しましたね、次回撮影しません』というだけで、本件終了にするんですか。テロ対策と仰っているわけですから、あまりにも無責任ではありませんか。テロ対策上、このA空港は預ける荷物の保安検査に大きな安全リスクを抱えていると、この話、聞いてもらえませんか」
警察 「いや、それはちょっと別の話ですから、次回から撮影しないことで、納得してもらえませんか」
私 「ますます納得できなくなりますね。テロ対策上、写真撮影は状況によって規制するということで、私は止められた。ということは、私の撮影行為は疑わしき対象にもなり得るということですね。であれば、もっと調べるべきでしょう。警察官から『カメラを出しなさい、撮影した画像をチェックする』というべきでしょう。そうしませんか」
警察 「私はそういうことを言っていません。だから、納得していただいて、もう次回はしないということで」
私 「もう何回も繰り返しています。私は納得していません」
警察 「納得しないということは、次回も撮影するんですか?」
私 「そのときの状況次第です。撮影禁止の根拠も標識もなければ、私は撮影が自分の権利だと思っています」
警察 「困りましたね……」
私 「口先の納得だけでことが済むなら、世の中警察も要らなくなります。警察が困ったら、国民がもっと困るでしょう。違いますか」
警察 「もう結構ですから、あなたも飛行機に乗る時間でしょう。もう行って結構です」(警察と保安員たち一行が去っていく)。
● 日本の空港はザルのようなものだ
問題はほぼ露呈した――。
受託手荷物検査機能のチェックインカウンター外部設置という保安体制には、致命的な安全リスクがある。保安警備管理業務を裏付ける法的根拠(実体)が十分に整備されておらず、標識などの告知義務(手続)も果たされていない。このため、保安警備機能の実効性を担保する基盤が脆弱で、説得力も強制力も伴わない。頼りなく実効性が著しく欠如している。
総じて、善良な市民の自覚や自律を前提にした「勧告・誘導」にとどまり、悪質なテロや犯罪が想定されていない。口々に空虚な「テロ対策上」を唱えつつも、実効性ある対策ができていない。いってみれば本物の犯罪者にはいくらでも抜け道がある。
保安警備会社の運営体制上の不合理性・非効率性が目立ち、硬直化された体制がテロ対策の立案や実施に障害をきたしかねない。警察官も含めて現場スタッフの事なかれ主義、問題のもみ消し、自分の担当守備範囲さえよければという自己保身的な印象が色濃く残る。
この話があって3年以上経ったが、直近A空港で国際線を利用した友人に確認すると、「外付け」荷物保安検査制度は何ら変化もなく、そのまま健在だという。さらに調べてみると、日本国内ではこれはA空港に限った話ではないことも分かった。3年前のこの出来事、A空港の保安現場スタッフや警察官は果たして上層部に報告したのだろうか。私はこの際、国土交通省と国家安全委員会・警察庁にもこれを報告し、早急な改善を求めたいと考える。
ゴーン氏の海外逃亡について、諸説があるなか、地方空港に抜け道があると狙われたと報じられている。私がふと思い出したのは自身のこの体験だったが、地方空港だけの話ではない。たとえば、日本国内線の搭乗手続は未だに、写真付きの身分証明書チェックなしで行われている。世界的にも類を見ない危ない空港になっている。偽名でも何でも飛行機に乗れてしまうのだ。因みに、私が住んでいるマレーシアの国内線では、チェックイン手続と搭乗口で二度の身分証明書照合が行われている。
世界の常識と日本の非常識というが、国家や国民の安全にかかわるところの非常識はもはや容認される余地がない。一刻も早く是正してほしい。
日本は危ない!国内線搭乗はなぜ身分証明書チェックしないのか?