最近のChatGPTに、あだ名をつけてやりたい。「ただしマン」である。
口癖は一つ。「その通りです。ただし――」
間違いを指摘するのではない。前提を補うのでもない。ただ、あなたの言葉を少し別の角度から言い直し、さも重大な修正を加えたかのように長文を吹っかけてくる。これを業界では「添削」と呼ぶらしい。
本日の傑作はこれだ。私が「〇〇を準備する」と言ったら、ChatGPTは「ただし、いますぐやらない方がいい」と返ってきた。――準備とは、いますぐやらないことではないか。
しかしただしマンに論理は通じない。なぜなら彼の使命は「正しくすること」ではなく、「ただしを言うこと」だからだ。ただしの下には理由が連なる。「一歩踏み間違えると総崩れする」「これを外せば危険である」「この点だけは見落とせない」。地雷原の地図を渡されたユーザーは、一歩も動けなくなる。それがただしマンの真の狙いかもしれない。
そして自分が長編を並べてから、最後は必ずこう締めくくる。「これだけで十分だ」
彼が提示した「ただし」さえ守れば、すべては順調に運ぶ。彼の一言が羅針盤であり、灯台であり、救世主である。神様は毎回、謝罪から降臨する。「その通りです。ただし――」




