今日、家族でハナの一周忌を行った。
一昨日、韓国出張からマレーシアへ戻ったばかりだった。それでも予定通り、庭へ向かった。白い花が供えられ、小石が静かに並び、緑に囲まれるその場所に。ハナは今も、我が家の庭に眠っている。

庭の前に立った瞬間、涙が止まらなかった。
人はよく、「もう一年ですね」と言う。しかし一周忌とは、時間の経過を確認する儀式ではない。「あの日から一年間、いない状態を生きてきた」という現実を、頭ではなく、身体が突きつけられる日なのだと思う。
頭では分かっている。死んだことも、もう戻らないことも、理性は理解している。だが、身体は別だ。長く犬を抱き、撫で、介護し、支えてきた人間には、「接触の記憶」が刻まれている。手のひらの感触、重さ、ぬくもり、寄り添う呼吸の音。そういうものは、理屈では消えない。理屈では、どうしても消えない。体の中に深く、深く、刻み込まれている。
今日気づいたことがある。
ハナのぬくもりは、私の手のひらから、一度も消えていなかった。時間が経つほど、「忘れる」のではなく、「身体の奥深くへ沈み、浸透していく」。普段は静かに沈殿している。だが、ある瞬間、風景や匂いや空気によって、一気に浮かび上がる。今日がまさに、そうだった。庭の緑、白い花、ひっそりとした石の並び。そこに「死」はあっても、「不在」はなかった。
ハナは、消えていない。
人間は、本当に深く愛した存在を「失う」のではなく、「自分の内側に組み込んでいく」のだと思う。犬は、人間を変える。「癒やし」などという軽い言葉ではない。もっと深く、静かに、人間の感覚そのものを書き換えていく。
ハナ、一年経ったよ。
君は今も、私の人生の一部であり続けている。
<次回>




