韓国雑草の旅(1)~漁港注文津、「雑」の海に私が完全敗北した夜

● 「自分で空気を読め」――韓国高速バスという雑な乗り物

 5月1日からのゴールデンウィーク。ソウルで開催される AI Expo Korea 2026 の視察に合わせ、韓国へ向かった。もっとも、今回の旅の目的はAIだけではない。前半は東海岸で「魚の部」、後半はソウルで「肉の部」。頭脳と胃袋を同時に稼働させる計画である。

漁港・注文津の刺身専門店 Haesong Sashimi Restaurant(해송횟집)

 5月2日早朝、仁川国際空港に到着。大きな荷物はソウルのホテルへ宅急便で送り、そのまま空港発の高速バスで江陵(강릉=カンヌン)へ向かう。韓国の高速バスは、日本のような過剰サービス文化とは対極にある。アナウンスも曖昧。途中休憩の停車時間説明もない。「たぶん、そろそろ出るから急げ」という空気だけが漂う。

 雑である。だが、この雑さがいい。日本は、とにかく「管理」する。客を不安にさせないよう、隙間を説明で埋め尽くす。しかし韓国は違う。「自分で空気を読め」である。親切ではない。だが、生き物としての感覚は残っている。連休の渋滞に巻き込まれ、40分ほど遅れて昼過ぎに江陵へ到着した。もちろん、説明も何もない。実に心地よい雑さである。

● 「魚、魚、魚」――海辺カフェを無視して漁港へ直行

 江陵といえば、海辺カフェで有名な街だ。しかし私は、海を見ながらラテを飲む趣味はない。私の関心は一貫している。魚、魚、魚である。宿は江陵中心部ではなく、漁港のある注文津(주문진=ジュムンジン)に取った。夕方から刺身と海鮮鍋のハシゴをするためだ。ホテルで少し昼寝をしたあと、フロントで二軒の店への移動を確認すると、スタッフに笑われた。

 「二軒も? ユーチューバですか?」

 違う。単なる食欲である。

 注文津の夜は早い。夕方4時を過ぎると、漁港の食堂街が動き始める。まず一軒目、刺身専門店 Haesong Sashimi Restaurant(해송횟집)に入店した。本来は軽く刺身をつまみ、その後に海鮮鍋屋へ移動する予定だった。しかし、その計画は、店に入った瞬間から崩壊を始めていた。

● 「味を丸めるな」――韓国ホヤの暴力的な攻撃力

 まず目に飛び込んできたのが、ホヤである。

 韓国語で「멍게(モンゲ)」。日本では珍味扱いされるが、韓国ではもっと野蛮で、もっと堂々としている。写真のホヤを見れば分かる。色がすでに凶暴だ。オレンジ色の内臓がむき出しで、艶があり、ぬめりがあり、「好き嫌いが分かれます」などと遠慮していない。そこで私は強烈な戦闘意志を燃やし始めた。

 実際、韓国のホヤは攻撃力が高い。香りが強い。苦味も強い。海水のヨード臭がそのまま鼻に突き抜ける。日本料理のように角を丸めない。「食べやすくしました」という発想がない。韓国料理全般に共通する特徴だが、韓国は味を調教しない。雑というレベルではなく、それをはるかに超え、野蛮に近い。

 臭いものは臭いまま出す。辛いものは容赦なく辛い。ニンニクは暴力的に入れる。人間に合わせて自然を矯正するのではなく、「嫌なら食うな」の方向性で押してくる。食べるのも戦うことだ。厳しい競争社会である以上、整合性がありすぎるくらい、美学的極限に至っている。私は、これが好きだ。

 日本料理は繊細だが、ときどき優等生すぎる。全部が「上品」に整理され、管理され、丸められる。しかし韓国の地方港町の海鮮には、整理されていない生命力がある。雑で、荒く、豪快だ。

 刺身盛り合わせもそうだった。白身魚、イカ、青魚、タコ。切り方は厚い。盛り付けも、日本の高級割烹のような計算された静けさはない。氷の上に、「ほら食え」とばかりに並べてくる。

 だが、それがいい。漁港で魚を食うとは、本来こういうものだろう。繊細な包丁芸を鑑賞するのではない。海の生き物を、海の近くで、そのまま食う。その荒っぽさこそ醍醐味である。

● 「なぜ脇役にアワビがいるのか」――暴走する韓国式パンチャン

 さらに驚いたのは、韓国の刺身屋は、「刺身だけ」で終わらないことである。日本なら、刺身盛り合わせを頼めば、せいぜい小鉢が数品つく程度だ。しかし韓国は違う。メインを頼むと、なぜか脇役が暴走し始める。次から次へと、シーフードのパンチャン(반찬=付け合わせ)が運ばれてくる。

 アワビ。サザエ。貝。小皿ではない。普通に主役級である。おいおい、なぜ王者が脇役として出てくるのか。日本なら、アワビなど単独で「本日の特選」として別料金を取る。しかし韓国東海岸では、「まあ、ついでに食え」という顔で無造作に置かれる。

 この感覚が、実に雑である。だが、この雑さこそ、韓国地方港町の真骨頂だ。海が豊かすぎるのである。だから、一つ一つを神格化しない。「高級食材」というより、「今日は海から上がったから食え」である。繊細にありがたがる前に、まず大量に出す。資本主義的高級演出より、「腹いっぱい海を食わせる」が先に来る。

 そして、焼酎が止まらなくなる。ホヤの暴力的な海臭さ。サザエの硬い歯応え。アワビのぬめり。そこへ韓国焼酎を流し込むと、胃袋が「もうやめろ」と言っているのに、脳が止まらない。

 この時点で、私は気づき始めていた。「あれ……二軒目、無理じゃないか?」

● 「客の予定など知らない」――刺身屋が海鮮鍋でとどめを刺してきた

 しかし、本当の地獄は、そのあとやってきた。なんと、この刺身屋、セットに海鮮鍋まで付いていたのである。しかも量がおかしい。雑多な海鮮を放り込んだ鍋が現れる。少々荒っぽいが、これはもう韓国版ブイヤベースである。南仏で食べたブイヤベースから、「繊細さ」と「上品さ」だけを削除し、「雑」と「破壊力」を追加した感じだ。

 スープも雑。魚介の旨味を丁寧に整えるのではない。「全部ぶち込んだから旨いだろ」という力技で押してくる。しかし、それが旨い。

 実に悔しい。私は本来、このあと二軒目の海鮮鍋専門店へ行く予定だったのである。計画していた。調査していた。胃袋配分も計算していた。それを、この刺身屋は、一軒で全部破壊した。これはもはや営業妨害ではないか。

 強烈に抗議したい。

 「なぜ刺身屋で海鮮鍋まで完成させるのか」
 「なぜ脇役でアワビを出すのか」
 「なぜホヤで焼酎を暴走させるのか」

 完全に客の予定を潰しに来ている。しかし、韓国東海岸の港町は、こういう世界なのだろう。客の「次の予定」など知らない。「ここで全部食っていけ」。それだけである。

 恐るべき雑さだ。だが、その雑さに、私は完全敗北した。

<次回>

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