シンガポール雑草の旅(2)~「雑」と「純」が混在する、国籍不明経済圏

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● アラブストリートのトルコ料理店へ

 出張2日目。昼食の場所を探してアラブストリートを歩き始める。

 ここは昨日も書いたが、シンガポールのなかで国家の整理が最も追いつかない地区だ。モスクの隣にカフェ、香辛料の店の向かいに欧州系バー。たどり着いたのは、「Cappadocia」というトルコ・地中海レストラン。青と白を基調とした外観は、典型的な地中海演出だ。サントリーニ島のつもりか、カッパドキアのつもりか。どちらでもいい。入ってみる。

アラブストリートに構える「Cappadocia」

● メニューにない酒が、ある

 午後3時以降に外資系の仕事を控えている。「知らん顔で会議に出る外資系モード」とでも言うべきか、昼から飲みモードに入る。

 面白いのは、メニューにアルコールの記載が一切ない。ハラール系の雰囲気だ。しかし、「置いてある?」と聞くと、ある。ビールから始まり、ワイン、トルコの蒸留酒Raki(度数45度)まで一通りそろっている。Rakiで行きたいのはやまやまだが、さすがに午後に仕事がある。レバノンワインにする。

 「聞いた人には出す」。これは単なる酒の話ではない。原則は守る。しかし運用は現実に合わせる。日本なら「ルールか例外か」で議論になる。シンガポールは「客層ごとに運用を変える」で処理する。洗練された誠実さとは対極だ。しかし、これが「雑」の強さでもある。

● 日本人+中東系、BIRRAのサングラスで乾杯

 トルコ料理、レバノンワイン、エジプト人マネージャー。盛り上がってくると、「記念写真なら、サングラスで決めよう」という提案が来た。

トルコ料理店で、レバノンワインを片手に

 構図を整理するとこうなる。トルコ料理の店で、レバノンワインを飲みながら、エジプト人と日本人が、「BIRRA(イタリア語でビール)」と書かれたサングラスをかけて乾杯している。日本だと「これは本場トルコと違う」という評論が始まる。シンガポールは「うまければ営業継続」だ。実務国家。トルコ料理、レバノンワイン、エジプト人、イタリア語サングラス。それでも全部成立してしまう。

 メインのラムシチュー(タス・ケバブ)は、素朴な雑さで最高だった。精密に仕上げた料理ではない。トマト、ジャガイモ、ラム肉が大鍋で煮込まれた、生命力で食わせる一皿だ。ギリシャ料理と同じ系譜。「雑」の地中海の味である。

メインのタス・ケバブ(ラムシチュー)

● 4日目、今度は「純」のトルコ料理へ

 出張4日目のランチ。午後4時から日系企業の勉強会を控え、今度はアルコール厳禁だ。入ったのは、Village Hotel Bugis内にある高級トルコ料理店「Tarboush」。

Village Hotel Bugis内の高級トルコ料理店「Tarboush」

 内装はアラビアナイト級の宮殿風だ。赤いベルベットの椅子、幾何学模様のランプ。ここはハラール店で、アルコールは一切出さない。「実は置いてあるだろう」と探りを入れると、「ダメなものはダメ」と即答する。Cappadociaとは対極の、「純」の運用だ。

アラビア風の宮殿内装

● 「純」と「雑」は対立しない

 クアラルンプールなら、中東系レストランは基本的にすべてハラール厳格運用だ。「純」一色である。しかしシンガポールでは、Cappadociaのような「建前ハラール・本音酒あり」の店と、Tarboushのような「純ハラール」の店が、同じアラブストリート界隈に並存している。

Tarboushでのランチ、アルコールなし

 なぜ混在しているのか。客層が違うからだ。Cappadociaは観光客と華人・外国人ビジネスマンを主たる客にしている。Tarboushはムスリムの地元客と、宗教的正統性を重視する層を取り込む。どちらも成立する。どちらも必要とされている。これは「顧客分断を前提にした都市設計」の話だ。多文化礼賛とは少し違う。

 宗教的正統性を保持する層と、商業性を追求する層を、同時に収容する。棲み分けを許し、どちらの論理も否定しない。「雑」を超えた、より高次の実用的な「純」ではないか。シンガポールは、「純粋性」で成立している国ではない。「接続性」で成立している国なのだ。

 多様性への対応は、棲み分けに尽きる。

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