● 聖書の街の名を持つ店
シンガポール出張3日目の夕食は、アラブストリートにあるレバノン料理店「Byblos」へ。ビブロスとは、レバノンのベイルート北方約30kmに位置する古代都市の名だ。フェニキア文明の中心地として栄え、英語の「Bible(聖書)」の語源にもなった港町である。

前回で書いたCappadociaは「メニューに載っていないが、言えば出す」という雑の運用。Tarboushは「言っても出さない」という純の運用。Byblosはその対極にある。アルコールがメニューに堂々と載っている。欧米人客を完全にターゲットにした、いわば「反対純」の店だ。この三店が同じアラブストリート界隈に並立しているだけで、シンガポールという都市の構造が見える。
● メゼと焼き魚と、郷愁
まずメゼの盛り合わせ。フムス、ムタバル、ファトゥーシュ、ムハンマラ。ピタパンが添えられる。地中海の前菜は、いつ食べても「雑草の料理」だと思う。素材をそのまま潰して、オリーブオイルをかける。技法より素材、洗練より生命力。

メインは焼き魚とケバブの盛り合わせを頼んだ。焼き魚が運ばれてきたとき、少し驚いた。一尾まるごと、炭で焼いた白身魚。レモンを添えて、素朴に皿に載せてある。日本の定食屋の焼き魚とほとんど同じ発想だ。切り身ではなく、一尾。皮はパリッと、身はふっくら。「魚をまるごと焼く」という調理法の普遍性を、アラブストリートの夜に確認した。

ケバブの盛り合わせは圧巻だった。ラム、牛、香草入りと数種が一皿に乗る。炭の香りが立っている。スパイスが深い。精密な料理ではなく、「火と肉の料理」だ。生命力で食わせる。

● レバノンという「雑」の原型
レバノンは、かつて「中東のパリ」と呼ばれた。これは単なる観光キャッチコピーではない。フランス委任統治時代の影響、地中海貿易、金融、キリスト教文化、ナイトライフ。中東では異例なほど「開放性」と「混交性」を持っていた国だ。宗教だけでも、スンニ派、シーア派、マロン派、ドゥルーズ派が複雑に共存している。
つまりレバノンは、本来的に「純」の国家ではない。むしろ中東の中で最も「雑」の国家だ。そしてその「雑さ」が、同時に強さでもあり、弱さでもあった。強さとしては、「混ざる能力」が極めて高かった。だから金融、観光、芸術、飲食、ナイトライフが発展した。しかし弱さとしては、「純化できない」。国家として統一しきれない。その結果、内戦、外国勢力の介入、宗派政治、国家機能崩壊、通貨暴落、港湾爆発へとつながっていった。「雑の生命力」と「雑の不安定性」を両方抱えた国、それがレバノンだ。

● シンガポールとレバノン、同じ「接続国家」の、決定的な違い
レバノンもシンガポールも、「接続国家」である。どちらも純血文化ではなく、混ざることで機能する。
しかし、ここが決定的に違う。レバノンは、自然発生的に混ざった「雑」だ。シンガポールは、国家が管理している「雑」だ。ベイルートは、混ざりすぎて国家が割れた。シンガポールは、国家が混ざり方そのものを制御している。多様性への対応は、棲み分けに尽きる。レバノンはその棲み分けに失敗し、シンガポールはそれを設計した。
● カルロス・ゴーンという「国籍不明の人格」
レバノンを語るとき、一人の人物を避けて通れない。カルロス・ゴーンだ。
彼は、レバノン系、ブラジル生まれ、フランス教育、多国籍企業経営者、日産CEO。その時点で既に「国籍不明経済圏」の人格である。複数の文化をまたいで機能する能力で上に行った。これは極めてレバノン的だ。レバノン人は歴史的に、商人、金融、移民、仲介、接続に強い。「どこにも完全帰属しない」ことが、むしろ強みになる。
日本社会は基本的に「純」の社会だ。組織忠誠、空気、内部共同体、長期帰属を重視する。ゴーンは「機能すればよい」という「雑」の論理で日産を動かした。だから彼は日産を救った英雄にもなり、同時に日本型共同体を破壊した異物にもなった。
ゴーン氏は日本人ではない。日産の救済は、ドラスティックなリストラに頼らざるを得ない。そのやり方は誰でも分かっていた。けれど、日本人では手を出せない。そこで彼の手を借りた。日本的なルールに則らないゴーン氏を使って日産の問題を解決しておきながら、今度は日本的なルールを彼に当てはめようとした。これが甚だ不公平であって、論理的倒錯であると、少なくともゴーン氏はそう思っただろう。
そして逃亡先がレバノンだったことは、偶然ではないだろう。私はゴーン逃亡直後にWedgeへ寄稿し(2020年1月7日付、『カルロス・ゴーンが大統領になる日、「逃げ」の損得勘定と本質』)、こう書いた。
欧米では、「逃げるが勝ち」を正当な選択肢として捉える傾向が強い。フランスのル・ポワン誌の読者調査では75%が逃亡に賛成、フィガロ誌では82%が「正しい」と答えた。「三十六計逃げるに如かず」という中華系の発想とも通底する。日本では「法か違法か」が中心になる。しかしレバノン的世界では、人脈、交渉、非公式ネットワークが巨大な意味を持つ。「純の法秩序」から「雑の接続空間」へ戻った、とも読める。
戦うには、まず戦うルールがある。そのルールの段階で負けていたら、まず逃げること、戦う土俵を別途作り上げること。美しく死ぬよりも、まず醜くても逃げること。その辺は日本人的な美学とは相容れない。
しかしそれが「雑」の実学であり、レバノン人の生存論理だ。ゴーンは最後まで、「純の人」ではなく「雑の人」だった。そして彼自身が、「国籍不明経済圏」の象徴だったのかもしれない。その国籍不明経済圏を最もうまく「設計」したのが、シンガポールなのだ。




