シンガポール雑草の旅(10)~和僑という幻想、華僑との決定的違い

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● 「外へ出続けている日本人」は何者か

 前回、こう書いた。「では、日本人の中で外へ出続けている人間は、何者なのか」。その問いへの答えとして、「和僑」という言葉がある。海外に住む日本人、日本人コミュニティ、日本人経営者交流会。シンガポールにも、そうした日本人は相当数いる。しかしこの「和僑」という言葉を華僑モデルと同列に語り始めると、かなり危うい。

シンガポール・アラブストリート

● 華僑とは「海外で生き延びるOS」である

 華僑とは、単なる海外在住中国人ではない。海外で資産を形成し、商流を作り、現地へ根を張り、多民族ネットワークへ食い込み、世代を超えて経済圏を維持する「生存共同体」だ。情報、資金、信用、紹介、婚姻、教育、商流、逃避先。全部がつながっている。「海外で生き延びるOS」である。

 しかもそのOSには、三つの機能が組み込まれている。

 第一に、金融機能を自前で作った。銀行へのアクセスが限られた時代も、華人コミュニティ内で資金を回し、信用を担保し、投資を動かした。
 第二に、政界へ乗り込んだ。東南アジア各国で、華人系の政治家、閣僚、財界人が要職を占める。単なる経済移民ではなく、政治権力そのものへ接続した。
 第三に、市民権・国籍を取得するが、同化されない。日本語の「帰化」という言葉で言えば、「帰」はする。しかし「化」しない。制度的には現地人になる。しかし文化的・経済的には華人ネットワークの中で生きる。籍だけ変えて、OSは変えない。これが華僑の本質だ。

 このOSが形成されたのは、生存圧の産物だ。「帰れば守られる祖国」が存在しなかったから、現地社会へ入り込むしかなかった。現地語を覚え、現地商流へ接続し、多民族ネットワークを作った。美談ではなく、純粋な生存戦略だ。

 ところが、日本の「和僑」は多くの場合そこまで行かない。日本語で安心する。日本人同士で集まる。日本人顧客を相手にする。「海外日本村」で完結してしまう。厳しく言えば、「海外版最大規模県人会」だ。本気で「現地で資産形成し、生き残る」という圧力が弱いからだ。

 だから日本人の海外移住は、こうなりやすい。「日本で資産形成」して「海外で生活を楽しむ」。華僑は逆だ。「海外で資産形成」して「海外で根を張る」。この順番の違いは決定的だ。前者は日本という温室に支えられた出発点がある。後者には、そもそも温室が存在しない。

● 日本は「未来国家」から「保存国家」へ

 最近、日本を訪れる外国人観光客を見ていて、ある変化を感じる。彼らはかつてのように「最先端国家・日本」を見に来ているのではない。「失われた秩序」を体験しに来ている。現金社会。紙文化。昭和商店街。丁寧すぎる接客。アナログなシステム。日本は「未来の国」ではなく、「保存された社会」へ変わり始めている。国家規模の文化遺産化である。

 もちろん、それ自体は魅力だ。しかし問題は、日本人自身がまだ「自分たちは先進国を見せる側だ」と思い込んでいることだ。海外旅行は、かつて「日本優位確認装置」だった。しかし今、一部の都市では逆に比較される側へ回り始めている。そこで一部の日本人は、「いや、日本には人情がある」「治安がある」と言い始める。もちろん事実だ。しかし重要なのは、「比較軸」が変わったことだ。昔は「技術」「豊かさ」「未来感」で比較していた。今は「安心感」「レトロ感」「アナログ性」が日本の価値になりつつある。

 日本は「未来国家」から「保存国家」へ移行している。これは悪ではない。しかし構造変化だ。問題は、その変化を日本人自身が認識していないことだ。だから「日本すごい」を繰り返しながら、海外へ出なくなる。不安だから守る。不安だから閉じる。しかし本来、不安とは外へ出る圧力でもあるはずだ。

シンガポール・アラブストリート

● 本物の「僑」とは何か

 「和僑」という言葉だけ真似しても、この構造は変わらない。海外で日本人同士集まり、日本語で安心し、日本人相手に商売し、日本人社会の中で完結する。それは華僑ではない。単なる「海外日本人サロン」だ。

 本物の「僑」は、現地へ食い込み、現地で資産を作り、現地で次世代を育てる。金融を作り、政界へ入り、国籍を取りながら同化されない。「帰」するが、「化」しない。シンガポールという国家そのものが、その証明だ。温室を持たなかった人間が外の世界で根を張り、設計し、成功した。「旅居」の歴史でできた国が、いまや世界の金融・物流・テクノロジーの接続点として機能している。

 問題は「外で生きる覚悟」だ。海外へ出るかどうかではない。出た先で、日本という温室を背負ったまま生きるのか。立場は、静かに逆転している。

 そして気づいた。次に観察すべき対象は、韓国やシンガポールではない。日本そのものだ。だから、「韓国雑草の旅」「シンガポール雑草の旅」は、ここで一度終わる。だが、旅そのものは終わらない。次は、温室の中を歩く旅である。

 次回より、新シリーズ――日本温室の旅。

<次回>

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