日本温室の旅(7)~海外はコストか、投資か――35年前のサムスンと今の日本

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● 35年前、サムスンがやっていたこと

 読者から、印象的なコメントをもらった。35年前、サムスンの若手社員が「1年間日本で生活するのが仕事」と語っていたという。しかも日本だけではない。次はアフリカへ行く、とも。

 私はこれを読んで、まず「1年間日本で生活するのが仕事」という一文の重さを考えた。これは語学研修ではない。観光でもない。「外を身体で知る」ことそのものを、業務として位置づけていた、ということだ。

 しかも、日本の次はアフリカである。先進国経由で途上国へ。つまり、「世界の幅」を意図的に広げていた。整備された環境と、整備されていない環境の両方を経験させる。そこで何が育つか。「どんな環境でも動ける個体」だ。外気耐性を、企業が組織的に量産していたのである。

● 日本はいつ、「投資」を「コスト」と呼び始めたのか

 当時の日本企業も、海外へ積極的に人を出していた。商社マン、現地駐在員、技術指導員。世界各地に日本人が散らばり、現地を身体で知り、ネットワークを作り、商売を広げた。海外赴任は、人材への投資だった。

 それがいつからか、変わった。家族の帯同コスト、子供の教育問題、危険地への赴任リスク、管理の複雑さ、失敗した時の責任。海外赴任を取り巻く「コスト論」が前面に出てきた。もちろん、それぞれに合理性はある。しかし、その合理的な計算を積み重ねた結果、何が起きたか。

 日本企業は、人を動かさなくなった。そして人が動かなくなると、情報が動かなくなる。情報が動かなくなると、思想が動かなくなる。SNSで「世界」を見ることはできる。しかし、現地で身体を使って得た知識と、画面越しに見た知識は、根本的に違う。チューリップ公園で団体割引を探した中国人留学生と、定価で入場した娘さんの差は、情報量の差ではなかった。前提と身体感覚の差だった。

● 衰退初期にまず減るのは「移動」だ

 私はここに、一つの法則を見る。

 国家も企業も、衰退の初期症状は似ている。それは「移動の停止」だ。人が動かなくなる。企業が動かなくなる。思想が動かなくなる。そして最後は、「外を知らないまま、内輪で安心確認を繰り返す共同体」になっていく。

 移動とは、単なる物理的な場所の移動ではない。「未知の環境へ自分を放り込む」という意志の問題だ。見知らぬ土地で、見知らぬ人間と、見知らぬルールの中で動く。その経験が、人間と組織を鍛える。

 逆に言えば、移動が止まった組織は、内側の論理が絶対化し始める。「うちのやり方が正しい」「日本のやり方が標準だ」「海外は不親切で不合理だ」。外気を知らないまま、温室の中で自己完結する。

 日本人は、世界を現地で見るより、日本国内のSNSで見るようになった。すると「日本すごい」の確認は増える。しかし、「なぜ他国が伸びたのか」の構造理解は弱くなる。国家も企業も同じである。

● 「静的強国」と「動的強国」

 読者から鋭い指摘があった。「昔の日本は、静的強国と動的強国を併せ持っていたのではないか」と。

 これは本質を突いている。高度成長期の日本は、今より遥かに「雑草的」だった。猛烈社員、企業戦士、海外進出、商社の躍進、現場改善、リスクテイク。地方から都市へ、国内から海外へ、人も企業も激しく移動した。終身安定国家というより、「上へ行かなければ生き残れない社会」に近かった。

 つまり当時の日本は、今の韓国やシンガポールに見られる「外気耐性」をかなり持っていたのである。そして同時に、精密な製造技術、品質管理、インフラ整備という「静的強さ」も持っていた。動的でありながら、静的でもあった。これが高度成長の実態だったと私は見ている。

 しかし巨大成功後、日本は徐々に変わった。失敗しないこと、空気を乱さないこと、既存構造を守ること、平均から落ちないこと。こちらが優先され始めた。つまり、「動的強国」から「静的強国」への純化である。

● 静的強国の罠

 静的強国に価値がないわけではない。日本の安全、秩序、インフラ、品質は、世界的に見ても依然として強い。これは事実だ。しかし、静的強さには罠がある。「維持」が目的化すると、社会全体が「正しいか」より「叩かれないか」を優先し始める。異論、逸脱、変人、試行錯誤、リスクテイクが減少する。そして最終的には、「現実を直視する人間」が嫌われ始める。

 企業でも同じことが起きる。かつてリスクを取って海外へ出た人材が評価された時代から、リスクを取らずに社内を回した人材が評価される時代へ。すると組織は、外気耐性を持つ個体を排出し始め、システムへの依存度だけが上がっていく。

 35年前のサムスンが「1年間日本で生活するのが仕事」と言えたのは、組織の上層部が「外を知る価値」を信じていたからだ。その信念が、個体を動かした。翻って今の日本企業に、同じ信念があるか。「海外赴任はキャリアのリスクだ」と若手が感じる組織に、動的強さは育たない。

● 個人の話が、国家の話だった

 シリーズ(5)では、11歳の子供をシンガポールとジョホールバルへ一人で買い物に出した家庭の話を書いた。(6)では、オランダの寮で中国人留学生が自然に集団適応した話を書いた。しかし振り返ると、これらは個人の話でも家庭の話でもなかった。国家と企業が「人間をどう設計するか」という話だったのだ。

 サムスンは35年前、若手社員を世界へ送り出す「投資」をした。日本は成功した後、その投資を「コスト」と呼び始めた。個人レベルでは、「かわいいから温室へ」。企業レベルでは、「リスクだから国内に」。国家レベルでは、「守るために移動を止める」。すべて同じ構造が、スケールを変えて繰り返されている。

 人間は環境に適応する。温室で育てれば温室型になる。動的環境で育てれば動的になる。個人も組織も国家も、例外ではない。

● 「外を知っている」ことの値段

 35年前にアフリカへ行ったサムスンの若手社員は、今どこにいるのだろうか。おそらく60代の半ばだ。その世代が、今の韓国企業の中枢を担っている。

 身体で世界を知った人間が、組織の判断を担う。これは偶然ではない。投資の回収である。翻って日本はどうか。海外経験を「コスト」と見なし続けた組織は、30年後に何を得るのか。「外を知らないまま、内輪で安心確認を繰り返す」組織だ。それは静かで、安全で、居心地がいい。しかし、野火には弱い。

 衰退とは、ある日突然来るのではない。「移動」が止まった日から、静かに始まっている。

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