バンコクでGrabタクシーに乗った。渋滞はすさまじいが、運転手はナビをほとんど見ない。信号で止まるたびに確認しているのは、チャット画面である。道路網は頭に入っており、運転手仲間のグループチャットから、その瞬間の渋滞、事故、工事、通行規制などを得ているように見えた。
途中、予想外の道路工事に遭遇した。右折できるはずの場所が、突然、右折禁止になっている。運転手はそれを見ると、すぐにスマホへ何かを入力した。迂回路を検索したのではない。現場で得た情報を、誰かへ報告したのである。

あまりに速い入力だったため、単なる親切心とも思えない。自分が工事や事故を発見したら即座に流し、その代わり、仲間が発見した情報を自分も受け取る。入力一回に報酬が支払われなくても、渋滞時間と燃料費を減らし、同じ時間内により多くの配車をこなせる。情報を提供すること自体が、売上と利益を守る投資になっている。
われわれは、道を知らないからスマホを見る。スマホに進む方向を教えてもらう。バンコクの運転手は、道路の方向をすでに知っている。彼が知りたいのは、その道が「いま通れるか」である。事故、工事、冠水、交通規制によって、最適コースは刻々と変わる。われわれはスマホで空間を補い、彼らはスマホで時間を補う。
Google Mapsは、多数の車両から速度情報を集め、渋滞を検知する。しかし、「道路工事で右折できない」という現場の意味を把握し、経路へ反映するまでには時間差がある。運転手のネットワークなら、最初の一台が現場へ到着した瞬間に事情まで言語化できる。後続の運転手は、その情報を頭の中の道路網へ重ね、別の道へ切り替える。
この運転手は、ナビを使っていなかったのではない。運転手集団そのものが、一つの生きたナビになっていたのである。




