105歳の同級生、バンコクで見た華人社会の三つの105年

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● 1921年生まれの三者

 この度、私はマレーシア中華総商会のタイ訪問団の一員として、バンコクを訪問した。訪問中、最大の行事の一つが、タイ最大級の財閥、正大集団(CPグループ=Charoen Pokphand Group)との懇談会と会食(2026年8月25日)だった。タニン・チャラワノン(謝国民)会長をはじめ、同グループの主要経営幹部がずらりと顔をそろえた。

中:タニン・チャラワノン(謝国民)会長

 CPグループは、タイの一財閥という言葉では収まりきらない。農業、食品、小売、通信、不動産、金融などを世界各地で展開し、グループ全体の年商は数兆円規模。その経済規模は、カンボジアのような一国のGDPと肩を並べるほどである。しかも創業家は中国広東省潮州にルーツを持ち、中国の改革開放初期から進出してきた。タイを本拠としながら、中国とも深く結びついて成長してきた巨大華人企業である。

 ところが会議の冒頭、いきなり面白い話になった。CPグループの創業は1921年。今年で105年になる。そして、マレーシア中華総商会の設立も1921年。同じ105歳である。「われわれは同い年ですね」というところまでは、よくある記念行事の挨拶である。

 ところが、そこでなぜかもう一人、105歳の「同級生」が引っ張り出された――中国共産党である。

 中国共産党の創設も1921年。「CPグループも1921年、マレーシア中華総商会も1921年、中国共産党も1921年。三者とも105歳だ」という話になった。もちろん三者は企業、商工団体、政党であり、性格はまったく違う。それでも、わざわざ三者を同じ1921年という一本の時間軸に載せ、105年間を歩んできた仲間のように語る。その距離感が、私には妙に印象に残った。

● 会議の言葉は中国語だった

 さらに興味深かったのは、会議も会食も中国語、つまり北京語で行われたことである。謝会長の中国語は流暢だった。そして話題が華人社会と言語教育に及ぶと、彼はマレーシア華人について、率直な羨望を口にした。

 「マレーシアの華人が羨ましい。華人学校があり、中国語教育もしっかりしていて、多くの華人が流暢な中国語を話す。しかし、タイは違う」

 謝会長によれば、タイでは長年、中国語教育にどこか後ろめたさがあり、十分に力を入れてこなかった。あるいは、タイ社会への統合を進めるなかで、意図的な文化的同化が行われてきた側面もあるのではないか。その結果、若い世代の華人には中国語を話せない者が増え、中華文化に対する認識も薄くなっている。「自分はタイ人だ」と強く主張し、華人としての出自や文化にほとんど関心を持たない者も少なくない、と嘆いていた。

 その話を聞きながら会議室を見渡すと、実に象徴的な光景があった。CP側の華人系幹部のなかに、中国語からタイ語への同時通訳イヤホンを着けている人が何人かいたのである。

 華人系の巨大企業で、華人系の会長が中国語で話し、それを華人系の幹部がタイ語への同時通訳で聞いている。一方、訪問しているマレーシア側は全員、中国語がネイティブ級。これは説明を百行書くよりも、東南アジア二つの華人社会が歩んだ105年間の違いを鮮やかに映し出していた。

● 同化したタイ、残ったマレーシア

 タイ華人とマレーシア華人は、同じ東南アジアの華人社会でありながら、かなり違った道を歩いてきた。

 タイでは華人の社会的同化が非常に進んだ。タイ語を話し、タイ名を名乗り、タイ社会の一員として政治、経済、社会の中枢へ入っていった。CPグループそのものが、その成功を象徴する存在の一つである。華人資本が「外国人の資本」として周辺にとどまるのではなく、タイを代表する企業へ成長したのである。

 一方、マレーシアでは事情が違った。マレー系、華人系、インド系という民族区分が社会制度のなかにも比較的明瞭に残り、華人は華人として生きてきた。華文学校を作り、中国語教育を維持し、華人商工団体を組織し、独自の文化的共同体を保ってきた。マレーシア中華総商会が105年間存続していること自体、その象徴といってよい。

 どちらが正しいという話ではない。ここで面白いのは、105年間の損益計算である。

 タイ華人は同化によって大きなものを得た。タイ社会への参入障壁が下がり、民族的境界を越えて社会の中枢へ進出した。しかし、その代わりに中国語や中華文化という一部の資産を失った。マレーシア華人は民族的境界が残ったことで、政治・社会的にはさまざまな制約を受けてきたが、その境界があったからこそ、学校、言語、文化、人的ネットワークが強く残ったともいえる。

● 105年後、資産価値が逆転する

 さらに面白いのは、105年前には想像もできなかった変化が起きたことである。中国が巨大な経済大国になった。

 中国企業がASEANへ大量に進出し、製造業、EV、AI、デジタル産業、物流、小売などで存在感を急速に高めている。そのとき、中国語を話せること、中華圏の商習慣を理解できること、中国側と直接コミュニケーションできることは、単なる「民族文化の保存」ではなくなる。経済的価値を持つ人的資産へ変わる。

 かつては、現地社会へ完全に同化することが経済合理的だったかもしれない。中国語を捨て、現地語へ完全に切り替えたほうが、社会的上昇には有利だった時代もあっただろう。しかし中国の経済力が巨大化すると、損益計算が変わる。昔なら「古い祖先の言葉」にすぎなかったものが、突然、巨大市場と巨大資本へ直接アクセスするための言語になる。

 そこで、タイを代表する巨大企業を築いた105歳のCPグループの会長が、同じ105歳のマレーシア中華総商会を前にして、「あなたたちが羨ましい」と語る。

 歴史とは面白いものである。

● 三つの105年、その次の100年

 1921年から105年。中国では中国共産党が巨大な国家権力を築き、タイでは華人資本が現地社会へ深く同化しながらCPという巨大企業を育て、マレーシアでは華人社会が中国語と中華文化を維持してきた。

 では、次の100年はどうなるのか。仮に中国が米国を凌駕し、世界最大の強国になれば、中国語、中華文化、そしてアジア各地に広がる華人ネットワークの価値も変わる。かつて同化のために手放したものが大きな機会費用となり、逆に守り続けたものが強力な資産になるかもしれない。

 そう考えると、謝会長の「マレーシア華人が羨ましい」という言葉は、単なる文化的郷愁ではない。過去105年の損得と、これから100年の損得は同じとは限らない。

 105歳の三人の同級生。その関係は、次の100年のほうが面白くなりそうである。

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