タイCPグループ・謝国民会長の話から未来を見る――日本はアニメを売り、CPは文化インフラをつくる

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 訪問団による企業トップとの会見では、表敬や企業説明に加え、通常は自由懇談の時間が設けられている。私は一団員でありながら、毎回のように質問を重ね、皆さんの時間を奪っている状態である。しかし、タイのCPグループ(正大集団)の謝国民会長との会合(2026年8月25日)は違った。何しろ相手は大物で、時間も限られていたため、団長による代表挨拶を中心に進み、残念ながら質問の機会はいただけなかった。

● 小さな会社を世界一流へ

 「AIをやらない会社は、間違いなく没落する」。冒頭、謝会長はこう切り出した。話題は、CPの本業である農業、食品、流通ではなく、AI、映画、音楽、芸術から始まった。いかにも経営者らしく、何事も結論から入る。AI時代の最大のチャンスは、小さな会社を育てることにある、と。

 たとえば映画製作である。従来は、才能や優れた作品があっても、制作資金、出演機会、配信手段、販売経路がなければ市場へ出られなかった。ところがAIを使えば、小規模な制作会社でも、照明、音響、映像制作の能力を世界水準へ引き上げられる。そこでCPの技術、通信、メディア、流通網を提供し、若い俳優、歌手、芸術家、小さな制作会社を育てるという。

 ここで謝会長が挙げたのが、香港の英皇集団を率いる楊受成、成龍、謝霆鋒らであった。中国語圏で育った人材とコンテンツを通信・配信プラットフォームへ載せ、世界へ運ぶ。CPが自らすべての映画を作るのではない。映画を作れる人がAIによって制作力を高め、作品を作り、売り、収益を得られる文化産業のインフラを整えるのである。

 その事業モデルの核心は、AIに人間の仕事をそのまま代替させることではない。AIを利用して定型的な工程とコストを圧縮し、人間はAIにできない創造的な仕事へ集中する。AIによる効率化と人間による創造を組み合わせ、事業全体の付加価値を最大化するという発想である。

● 日本はアニメを売り、CPは文化の道路をつくる

 この構想と比較すると、日本のアニメ事業の海外展開は、かなり貧弱に見えてくる。日本では、国内で作られた作品を海外へ輸出し、「日本文化を世界へ発信する」という議論が中心になりやすい。主語は日本、商材は完成したアニメ、目的地は海外である。海外展開とは販売地域を広げることであり、文化発信とは日本作品を外国人に見てもらうことである。

 しかし、日本のアニメが世界で高く評価されても、制作現場には低賃金、長時間労働、人材不足、小規模制作会社の弱い収益力が残る。作品の付加価値は高いのに、配信、権利管理、資金調達を通じて利益を制作現場へ還流させる仕組みが弱い。海外市場が拡大するほど国外の配信プラットフォームが強くなり、日本側は高品質な作品を供給しながら、付加価値の大きな部分をインフラ側に取られる可能性がある。

 これに対して謝会長が考えているのは、特定の国で完成した作品を輸出することではない。AIによって制作の障壁を下げ、通信、集客、配信、決済、権利管理、海外販売を一つのバリューチェーンとして整え、小規模な制作会社や個人が世界市場へ到達できるようにする。日本は「どの作品を海外へ売るか」を考え、謝会長は「誰もが世界へ売れる仕組みをどう作るか」を考えている。日本が文化発信を語っているのに対し、CPは文化産業の構造を設計しているのである。

 謝会長の発言には、「物質の食糧」「精神の食糧」という発想が流れていた。農業、畜産、食品は人間の身体を養い、通信、映画、音楽、芸術は人間の精神を養う。種子と飼料から始まった企業が、映画や芸術を異質な新規事業として扱うのではなく、同じ「食糧」の体系へ入れようとしている。

 日本は優れたアニメを世界へ運ぼうとしている。CPが作ろうとしているのは、世界中の映画、音楽、芸術が走る道路そのものである。作品を持つ者よりも、その作品が流れるインフラを持つ者のほうが、最終的には大きな付加価値を獲得する。

● マクドナルドはハンバーガーを売っていない

 この違いを理解するには、マクドナルドを見ると早い。

 マクドナルドはハンバーガーを売っているように見える。しかし、同社が本当に作ったのは、原材料調達、調理工程、店舗設計、人材訓練、品質管理、物流、広告、フランチャイズ、不動産までを統合した事業システムである。ハンバーガーは、そのシステムを最初に載せた商材にすぎない。

 いったんシステムが完成すれば、ポテト、飲料、朝食、デザートへ商品を広げ、さらに世界各国へ同じ仕組みを複製できる。マクドナルドの本当の商品はハンバーガーではなく、小さな店舗を自社のインフラへ接続し、誰が運営しても一定の価値を生み出せるバリューチェーンである。

 CPも同じである。出発点は種子、飼料、鶏肉だった。そこから農家へ資材と技術を提供し、生産物を買い取り、加工し、物流へ載せ、卸売、小売、ホテル、レストランへ販売する仕組みを作った。CPが育ててきたのは鶏だけではない。生産者、加工業者、販売店、飲食店を自社のバリューチェーンへ接続し、それぞれの成長をCPの成長へ転換する生態系である。

 謝会長が語った映画、音楽、芸術への進出も、この事業モデルの横展開である。飼料と飼育技術の代わりにAIと制作技術を、食品物流の代わりに通信と配信を、スーパーマーケットの売場の代わりにデジタル・プラットフォームを提供する。商材が鶏肉から映画へ変わっても、小さな事業者を育て、自社のインフラへ接続し、ともに市場を広げる構造は変わらない。

 タイ、マレーシア、ミャンマー、カンボジアでホテル、レストラン、販売店を支援するという話も、同じ線上にある。現地の小企業が育てば、CPの商品、物流、通信、決済を使う顧客も増える。小企業を育てることがCPの利益となり、CPが大きくなることが小企業の市場を広げる。支援と利益は対立していない。

● 中国語圏文化から巨大な市場価値が生まれる

 1921年に、中国共産党、CPグループ、マレーシア中華総商会という三者が生まれた。それから105年を経て、三者はそれぞれ異なるインフラを持つようになった。

 中国共産党は、巨大な国家、産業、技術、資本、文化コンテンツを生み出す基盤を形成した。CPは、それらをASEANの市場へ運び、現地の企業と結び付ける事業インフラを築いた。マレーシア中華総商会は、各地の華人企業、とりわけ中小企業へ到達する人的・商業的ネットワークを持っている。

 三者は同じ組織になる必要はない。中国で生まれる技術、人材、コンテンツをCPのプラットフォームへ載せ、各国の華人企業が現地市場へ接続する。国家、巨大企業、商業団体がそれぞれ異なる役割を担うことで、中国からASEANへ広がる一つのバリューチェーンが形成される。

 ここで起きているのは、在外華人が中国へ戻ることではない。CPはタイ企業であり、マレーシア中華総商会の会員企業はマレーシア企業である。それぞれが現地社会に根を張り、現地の従業員、顧客、取引先とともに利益を作っている。そのうえで、中国語、中国文化、中国の技術、人材、コンテンツを、新たな経済資産として使い始めている。

 謝会長が中国語圏の映画人や企業家を自然に挙げたのも、中国への政治的帰属を語るためではない。中国語圏で生み出される文化に巨大な市場価値があり、それをCPのASEANインフラへ載せれば、新しい利益が生まれるからである。文化的なつながりと経済的利益は、ここでも対立していない。

 過去105年、三者は中国、タイ、マレーシアで別々の道を歩いた。しかし、これからの100年には、それぞれが築いた国家力、事業インフラ、華人ネットワークが再び接続される可能性がある。

 鶏肉から映画まで運べる企業は、もはや食品会社ではない。中国からASEANまでを結べる華人社会も、もはや単なる民族共同体ではない。それは文化、技術、資本、人材を国境の向こうへ運び、価値へ変える巨大なインフラになろうとしている。

● 日本の加わり方

 では、日本は、このバリューチェーンにどのように加わるのだろうか。日本には、アニメ、映画、音楽、ゲーム、制作技術、知的財産、人材がある。足りないのは商材ではない。それらを中国やASEANの資本、AI、通信、配信、市場へ接続し、現地の企業やクリエーターとともに価値を作る構想である。

 日本が完成品を「日本文化」として輸出し、外国に買ってもらうことだけを海外展開と考えるなら、日本はこの巨大なインフラの外側から商品を納入する供給業者にとどまる。そこへ加わるには、日本文化を発信する主役であろうとするのではなく、国籍の異なる企業、人材、コンテンツを結ぶバリューチェーンの共同設計者にならなければならない。

 日本が加われるかどうかを決めるのは、中国でもCPでもASEANでもない。日本が、自分を中心に置かない事業を作れるかどうかである。

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