中華総商会と日本人商工会議所――同じ看板、まったく違う生態

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● どちらも「商工会議所」だが

 中華総商会の海外視察代表団に参加すると、団員は朝から晩まで一緒に行動する。同じバスで移動し、企業を訪問して会議を行い、同じテーブルを囲んで食事をする。それが数日間続く。単なる親睦旅行ではないが、行動をともにするうちに付き合いは自然に深まっていく。総商会会長をはじめとする上層部から、私のような一般団員まで、肩書の違いを残しながらも和気藹々と話す。公式会議だけでは聞けない話が移動中に出て、食事中の雑談から人間関係や商売の背景が見えてくる。

マレーシア中華総商会会長・Dato’ 呉逸平氏と、タイ視察中

 東南アジア各国の中華総商会との付き合いが深まるにつれ、日本人商工会議所との違いが見えるようになった。日本語に訳せば、どちらも「商工会議所」である。企業が集まり、情報を交換し、政府へ要望を伝え、会員企業の利益を守る。組織概要だけを読めば、よく似ている。しかし、実際に中へ入って話を聞くと、両者はまったく違う生態を持つ組織であることが分かる。

● 三年の駐在員と、三代の華商

 日本人商工会議所の中心は、現地へ進出した日本企業と、その駐在員である。駐在期間は多くの場合3年から5年程度であり、ようやく現地の人間関係ができ、土地の事情が見え始めた頃には帰任する。後任者は引継書を受け取るが、人間関係まで引き継げるわけではない。企業は何十年も同じ国で事業を続けていても、現地知識は担当者の交代ごとに薄く剥がれ落ち、次の駐在員がまたゼロに近いところから学び直す。会社はそこにあっても、人は根を張らない。

 中華総商会は正反対である。会員の多くは現地で生まれ、現地で商売を営み、家族を育て、次の世代へ事業を引き継いできた。祖父が誰と商売をし、父がどの政治家を支え、息子がどの銀行や企業と組んでいるかまで、一続きの情報として蓄積される。公式資料には出てこない、誰と誰がつながっているか、誰が何を嫌うか、どこまで話してよいか、どの話題には触れないほうがよいかという感覚も共有されている。

 中華総商会の会話には、信用、利害、血縁、同郷、政治、民族関係、人情が入り交じっている。きれいに整理された産業情報ではない。まさに、どろどろの土着である。しかし、商売で本当に役に立つのは、この整理できない部分である。公開情報を集めれば市場規模は分かるが、誰と組めば動くのかは分からない。法律を読めば制度は分かるが、実際に誰が決めているのかは書いていない。中華総商会には、土地の表面ではなく、その下を流れる情報が集まってくる。

● 情報は対応履歴か、生存知か

 もう一つ重要な違いがある。情報の蓄積と断絶である。日系企業では、引継書や社内記録が残っても、個々の出来事がなぜ起き、誰がどう動き、その背後にどのような利害があったのかという文脈までは継承されにくい。後任者は新しい法令や行政通達が出るたびに対応へ追われ、情報は「今回何をすべきか」という処理案件として消費される。

 中華総商会と華人企業では、個々の情報が家族、企業、業界、商会を通じて長期的に積み上がる。法令の変更も政治家の交代も、単発の事件ではなく、過去から続く流れのなかで読まれる。整合性を持って蓄積された情報から、制度の表面ではなく、誰が何を求め、社会がどの方向へ動いているのかという本質が抽出される。それが、環境が変わっても商売を続けるためのサバイバルの芯になる。

 日系企業の問題は、情報管理が非効率であることだけではない。情報が断片のまま処理され、知識へ統合されず、生存戦略へ転換されにくいことである。法令が出るたびに対応する企業と、法令が出る前から社会の流れを読み、次の位置を取る企業では、同じ情報に接していても蓄積される能力が違う。この点では、華人企業のほうが断然優位にある。

● 異業種交流会と商業インフラ

 日本人商工会議所も、政府への政策要望や法制度の情報提供など、重要な役割を果たしている。ただ、日常的な実感としては、駐在員同士の情報交換会、親睦会、あるいは大規模な異業種交流会に近い。会員同士が知り合い、共通の問題を確認し、日本企業として行政へ意見を伝える。しかし、会員企業の資本、調達、物流、販売、人材、政治的交渉力を一つの商業圏として束ねるところまでは進みにくい。駐在員には任期があり、本社の方針を外れて長期的な関係へ投資する権限も限られているからである。

 中華総商会は、人と人を紹介するだけではない。取引先の信用を見極め、商売をつなぎ、紛争を調整し、行政や政治へ働きかけ、必要なら他国の中華総商会とも接続する。会員企業が中国、台湾、米国のどこと取引するかも、政治的な看板より利益を基準に決まる。商会は交流の場であると同時に、商売を生み、守り、国境の向こうへ運ぶインフラになっている。

● 長くいることと、根を張ること

 日本企業は東南アジアへ何十年も進出してきた。しかし、長くいることと、根を張ることは同じではない。現地採用者は長く残っても、重要な意思決定や対外関係の中心に置かれないことが多い。そのため、現地法人には工場、設備、従業員、売上が残っても、土地の深部へ入る人的ネットワークは企業の共有資産になりにくい。

 中華総商会では、個々の企業が交代しても、華人社会のなかに関係が残る。倒産した経営者の子が別の事業を始め、かつての取引先と再びつながることもある。商売の成功も失敗も、次の世代が使える経験になる。日本企業が現地情報を年度ごとのフローとして処理するのに対し、中華総商会は何世代にもわたるストックとして蓄積する。この差は、会員数や企業規模だけでは埋められない。

● 帰る国がある者と、ここで生き残る者

 和僑会は、日本人商工会議所より中華総商会に近い発想から生まれている。駐在員ではなく、海外で起業し、現地に生活基盤を置く日本人経営者を「和僑」と呼び、国境を越えてつなごうとしたからである。ただ、現状では起業家同士の情報交換、紹介、相互扶助を中心とする異業種交流会の性格が強く、中華総商会のように資本、商流、教育、文化、政治との関係まで抱える土着型インフラにはなっていない

 両者の違いを決定づけるものが、退路の有無である。日本人商工会議所の駐在員も、和僑会の日本人起業家も、事業に失敗すれば会社を閉じ、日本へ帰ることができる。もちろん会社または個人、あるいはその両方が損失を負うが、人生をやり直す帰国先は残っている

 中華総商会を構成する華人企業家には、その退路がない。彼らは現地国の国民であり、事業に失敗したからといって中国へ帰るわけにはいかない。そこで家族を養い、次の商売を始め、現地社会のなかで生き続けるしかない。土地の政治、人間関係、信用を深く読み、情報を世代間で蓄積するのは、文化的な美徳というより生存条件である。

 日本人は、失敗すれば帰ることができる。華人は、失敗してもそこに残らなければならない。中華総商会のどろどろとした土着性は、退路を断って海外へ出た者たちが、何世代にもわたって築いた背水の陣なのである。

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