● 反論になっていない「反応」
私がこれまで指摘してきた「反論にならない反応」、つまり「議論障害症候群」は、事例を重ねても、ほぼすべて
① 論点すり替え、
② 事実誤認、
③ 概念混同、
④ 人格攻撃
という四大症候のいずれか、あるいはその複合型に収まっている。
反論になっていないので、これからは「反応」と呼ぶことにしよう。
では、なぜ同じような反応が繰り返されるのか。反応者の多くは、自分が論点をすり替えた、事実を取り違えた、概念を混同した、あるいは「What」から「Who」へ論点を移し、相手の人格を攻撃したとは認識していないように見える。
おそらく、事実や論理を検討したうえで反論しているのではない。まず「違う」「気に入らない」「認めたくない」という反応が先に起き、理由は後からついてくる。私が「脊髄反射」と呼んでいるのは、この反応である。
● 心理レイヤー
最も深いところには、心理的な誘発要因があるのではないか。
たとえば、相対的不遇や転落、または将来への不安に対する心理的対抗、現実回避願望、責任転嫁願望、ルサンチマン、酸っぱい葡萄心理、好嫌や価値観などである。自分より優位に見える者を引きずり下ろしたい、受け入れたくない現実を別の説明に置き換えたい、自分にとって不快な対象の価値を低く評価したい、否定したい。こうした心理が、反応の最初のエネルギーになっている可能性がある。
ただし、これは本人に聞けば分かるという話ではない。むしろ本人自身が自分に聞いても、なぜそう反応したのか分からない場合が多いのではないか。
人間はいつも、理由を考えてから反応するわけではない。先に「違う」「気に入らない」「そんなはずはない」という反応が生じ、その後から理由が付いてくることもある。私が「脊髄反射」と呼んでいるのは、この部分である。
● 認知レイヤー
心理的な反応が生じると、次に認知の選別が起きるのではないか。
自分の常識、固定観念、立場――多くの場合、思想と呼べるほど体系化されていない――や希望的観測に合う情報は受け入れる。一方、それらに反する材料、すなわち反証は排除したい。ここでは確証バイアスが働く。
二元論も、この認知レイヤーに入るだろう。複雑な現実をそのまま処理するのではなく、善か悪か、味方か敵か、正しいか間違いかという二値に変換する。そうすれば認知コストは大幅に下がる。
ところが、まともに反論しようとすると、かなり面倒な作業が待っている。
反論の材料を準備する前に、まず相手が何を書いているのかを精読しなければならない。自分が嫌いな文章であっても、論旨を正確に理解し、事実関係を確認し、そこで初めて反撃できる弱点を探すことになる。
この過程は、場合によってはかなり残酷である。反論したい相手の文章を精読するということは、自分が見たくない事実や論理を、自分の目で一つずつ確認する作業でもあるからだ。弱点を探して読み進めた結果、逆に相手の主張を補強する事実ばかり見つかるかもしれない。反撃するために読んでいるのに、自分が否定したかった現実を繰り返し見せつけられる。
そこを通過して初めて、反論材料を探す作業が始まる。資料を調べ、数字を確認し、概念を整理し、相手の事実認識や論理を崩せる材料を探す。ここでも時間と労力がかかる。そして調べれば調べるほど、否定したかった事実がさらに補強される可能性もある。
つまり、まともな反論には二重のコストがかかる。精読、調査、検証に必要な認知コストと、その過程で見たくない現実を再確認させられる心理コストである。そこで、もっと安い処理方法が出てくる。反証を見ない。都合のよい事実だけを拾う。複雑な現実を二元化する。概念を自分にとって受け入れやすい意味へずらす。
事実そのものを消す必要はない。見えなくすればよい。概念そのものを否定する必要もない。意味を少し変えればよい。こうして認知と心理のコストを節約した結果が、外側の行動レイヤーに現れるのではないか。
● 行動レイヤー
そして一番外側に現れるのが、これまで観察してきた四大症候である。
① 論点すり替え、② 事実誤認、③ 概念混同、④ 人格攻撃。
たとえば、自分に不都合な論点から別の論点へ移れば①になる。自分の認識に都合のよい事実を作れば②になる。異なる概念を同じものとして扱えば③になる。それでも処理できなければ、論ではなく論者を攻撃する④へ向かう。
ここで特筆したいのが、①論点すり替えの連鎖である。
自分に不都合な論点Aから論点Bへ移る。相手がそのすり替えを指摘せず、あえてBに乗ってきたとしても、そこで問題は終わらない。そもそもBが正しかったとしても、Aは未解決のまま残っている。さらにBそのものにも事実や論理上の弱点があれば、今度はBについて反証される。するとCへ移る。Cも崩れればDへ移る。論点が転々とする。
しかも、この移動の途中で②事実誤認や③概念混同が反復して発生することがある。Bを支えるために事実を取り違え、Cへ移るために概念をずらし、それを指摘されるたびに新しい論点へ移る。最初は一つだった問題が、移動するたびに増殖していく。
やがて本人にも収拾がつかなくなる。論点Aは未解決のまま、B、C、Dが積み上がり、そのそれぞれに事実誤認や概念混同まで付着している。相手からは一つずつ指摘が返ってくるから、未処理の反証だけが雪だるま式に蓄積していく。
そこで最後に起きやすいのが、④人格攻撃の爆発ではないか。もはや論点を移しても逃げ場がなくなると、「何を言っているか」というWhatから、「誰が言っているか」というWhoへ移る。相手の人格、経歴、属性、動機を攻撃し、それでも足りなければ、相手を支持する人々まで攻撃対象を拡張する。
こう考えると、四大症候は四つの独立した箱ではない。①を起点として②③が反復し、その累積した負荷が④へ流れ込むという連鎖型も存在することになる。
もちろん、心理から認知、認知から行動へ必ずこの順番で進むとも、四大症候が必ずこの順番で連鎖するとも断定するつもりはない。これは、繰り返し観察される「反論にならない反応」がどのように生成され、なぜ途中から収拾がつかなくなるのかを説明するための仮説モデルである。
● さらに一枚下を掘る
これまでは、一番外側に現れた四大症候を観察してきた。これからは、その一枚下にある認知、さらにその下にある心理まで掘り下げてみたい。もちろん、そこで扱うのは仮説である。しかし、仮説だから痛くないとは限らない。人はそこに自分の心当たりを見つけたり、これまで気づかなかった自分に気づいたりすることがある。少し深く切ることになる。痛いだろうし、出血もあるだろう。
● ところで、私に何の利益があるのか
こんな分析を延々とやって、私に何の利益があるのか。実は、本業の経営・人事コンサルティングで使える。実際に活用しているのである。
何も日本人に限った諸現象ではない。程度差があるものの、人間普遍的なものだ。なぜ、SNSを実験台にするかというと、普段顔見知りの社内・組織内では、そこまで露骨に表れることが少ない。典型的な要素抽出するには、SNSが都合の良い実験場になる。
ある企業で、業績不良の従業員への対応に管理職が苦しんでいた。その従業員は詭弁が巧みで、面談をするたびに論点が動き、上司はたびたび怒り心頭になった。そこで私は、管理職研修の実例として対応方法を変えた。
相手を説得しようとしない。まず相手に十分に説明させる。そこで論点、事実、概念を分解し、矛盾点を特定する。そして一つずつ問い返していく。
昨今、管理職にはパワハラのリスクが常につきまとう。感情的な面談になれば、管理職側が別のリスクを背負いかねない。このケースでは面談そのものを避け、週間レポート上の問答に切り替えた。相手が書いた文章を材料に、事実と論理の矛盾だけを理性的に指摘していった。
すると状況は大きく変わった。上司は怒る必要がなくなった。相手が論点を移せば、その移動を記録する。事実を取り違えれば、事実を確認する。概念を混同すれば、定義を分ける。人格には触れない。こちらから材料を与える必要さえない。まず相手に喋らせ、書かせればよい。
最終的に、その従業員は自ら辞表を提出して退職した。
私にとって、こうした「反論にならない反応」の収集と分析は、単なるSNS観察ではない。人間が追い込まれたとき、どのように論点を動かし、事実や概念を処理し、どこで感情へ移るのか。その生成過程を理解することは、経営管理幹部やマネージャーの研修にも使える。具体的なスキルは、秘密なので、ここでは明かせない。
だから、私には利益がある。事例を提供してくださる皆さんにも、ここでお礼を申し上げておこう。





