学ぶことよりも学び方を、技術と芸術

 9月24日(日)、マレーシア航空MH388便で午後上海浦東に到着。1週間、上海と台北の臨時出張。

 9月25日(月)、上海出張。ハノイ事務所のベトナム人従業員と上海事務所の新人従業員の社内研修。午後、さらに面接1人。とても勉強熱心な人で、入社したら何を勉強できるのかと何回も聞いてくる。

 何が勉強できるのか、どのくらい勉強できるのか。正直、それは本人次第。勉強は2通りある。1つは単なるある技術やスキルの勉強、もう1つはその特定事象の背後に隠れている原理の勉強。

 知識が溢れている世界だ。前者の勉強にはきりがない。しかも、あらゆる情報や知識が絶えずアップデートし、動態的に変化している。人間はとても追いつかない。

 なによりも、私は後者の勉強を重視する。つまり、学ぶことよりも、学び方を身に付けることだ。どんな環境においてもサバイバルでき、そして主体的な創造力を持つ、ということだ。その先には、技術から芸術への昇華である。

 1つの会社に入って、キャリアアップとはいうが、キャリアとはどの部分を指すか、人によってずいぶん見方が違ってくる。それがその人の前途に決定的な方向付けにもなろう。

 人間には一定の宿命がある。決して嘘ではなさそうだ。

西洋文明とは何か?歪んだ受容から生まれた畸形児

 現代は西洋文明から切り離して語れない。では、西洋文明とは何か?学術的な規定はさておき、通俗的にしかも私流に考えると、3本の柱からなっているように思えた。

 まずはギリシャ人による哲学。日本人が得意とする帰納法よりも、演繹的推論を基盤とした思考回路。つまり「人間は死ぬ。立花は人間。だから立花はいずれ死ぬ」という三段論法である。もちろん、ギリシャ人の数学も大きな影響を世界に残した。

 次にはローマ人による政治。ギリシャ人が政治を不得意とした。そこでローマ人の出番。法制度による統治学が西洋文明の中枢になった。ただそれは単なる正義論にとどまることなく、ルネサンス時代にいたるまでのその冷酷な帝王学をも複眼的に捉えておく必要があろう。

 最後にキリスト教。隣人愛や他人愛といったところ、哲学や政治に多々矛盾する点を抱えながらも、現代西方世界の主流イデオロギーになった。哲学で解釈できない部分は、宗教任せ。政治的に都合のよい手段である。大多数の弱者を美化し、彼岸(死後)という世界をでっち上げる。この統治手法はむしろ哲学と政治の結合による必然的所産である。

 このように、「三位一体」となっているはずの西洋文明だが、日本に伝来した時点はさておき、戦後の日本における西洋文明のさらなる浸透はむしろキリスト教の価値観だけになってしまっていた。これは意外にも日本の農耕社会的要素にマッチし、円滑に受け入れられた。

 「三位一体」が1本柱になった時点で、バランスが崩れる。日本の西洋文明の受容に異を唱えるつもりはない。それは必要だった。ただその受け入れ方は全方位的でなく、整合性が欠如していたのだった。

 哲学の教育には注力しておらず、政治の醜悪性にも目を背ける。そこでまずはキリスト教的な弱者美化論を断片的に受容し、禁欲的な美学を立てながらも、キリスト教の原点である原罪論を切り捨て、いやむしろ対極の性善説でキリスト教の概念を支離滅裂な状態で解釈した(この点について、韓国がもっと酷いことになっている、と愚考している)。

 私はいかなる文化や文明についても批判・否定するつもりはない。いいたいことはたった1つ、その整合性と受容形態と派生的副作用を看過できない、ということである。
 

世界一の不幸者は、不幸の原因を他者に転嫁する者

 採用面接って面白い。

 立花 「あなたは、前職を辞めた理由は?」
 応募者 「学べるものがないし、雑務ばっかりやらされるし、チャンスにも恵まれませんでした」
 立花 「なるほど。では、当社に応募する理由は?」
 応募者 「新しい分野に挑戦し、学んでいきたい」
 私 「当社も雑務をやってもらいますよ。『学べるものがない』の繰り返しだけじゃないですか。チャンスもなければ、また次の会社を探すんですか?」
 応募者 「???」

 雑務とか何か、雑務に学べるものはないだろうか。上等な仕事ができない人間に限って、雑務を馬鹿にするのだ。学び方すら知らない人間に限って、学べるものがないと馬鹿をいうのだ。チャンスがすぐにそばに転がっていても見えない人間に限って、チャンスに恵まれないと愚痴をこぼすのだ。

 学歴もなく、貧困のどん底で雑務的な仕事を見つけて、辛うじて糊口を凌ぎながら、最底辺の仕事に学び、地獄から這い上がる人たち、もっとも不運な人たちに限って、自らチャンスを作り出し、自ら世界を切り開くのだ。

 人間はある程度、その器が決まって生まれてきたのかもしれない。だが、その器をまったく改造できないわけではない。後天的に、何らかのきっかけで物事の学び方を悟った時点で、チャンスが続々と訪れてくる。チャンスを拒むことなどできないのだ。

 一方では、不運や失敗、不幸の原因を他者に転嫁する人間は、どこにいっても失敗する。世の中一番の不幸者は、不幸の原因を他者に転嫁する人間。

 他者がたとえいくら悪者だとしても、他者をいくら罵ったとしても、自分の境遇は果たしてそれで改善されるのだろうか。ちっとも役に立たない。愚痴や罵りで一時的な慰めを得られたとしても、麻薬のように一瞬にしてその快楽が去ってしまうものだ。

 来る日も来る日も、その繰り返し。世の中、不運や不幸を感じる人間が大半だ。それが公平か、それとも不公平?神様に聞くが良い。

台湾FB友の会開催、9/29(金)台北・狸炉端焼にて

 来週は上海と台北へ臨時出張。

 台北では、「立花聡・台湾FB友の会」を少人数で開催決定。歓迎参加!立花までメール、またはFBメッセンジャーでお申込みください。

 <日時> 9月29日(金)18:30
 <場所> 狸炉端焼
 <住所> 台北市中山區林森北路133巷5號(八條通) TEL: 02-2531-2827)
 <ご案内> なお、自由参加の二次会も予定しています。

 久しぶりの台湾、楽しみにしている。

KLへ業務機能の集約統合、法順守と経営合理化

 中国で、Yahooもダメになったか。検索できなくなった。当社上海事務所からも報告された。

 サイバーセキュリティ法の実施によって、VPNへの規制も一層強化された。8月1日に、米アップルが中国の「アップストア」からVPNアプリを削除する決定を発表し、同社のティム・クックCEOは、「われわれとしても、できればアプリの削除はしたくない。しかし、他国同様、われわれは自分たちが事業を展開している国の法律に従わなければならない」との立場を表明した。

 当社のような調べ物の多い企業では、正直、仕事にならない。ただ、クック氏が述べた通り、どんな法律であれ、所在国の法律に従うことは企業コンプライアンスの基本である。したがって、当社の場合、一部の業務機能の海外移出はおそらく避けられない。

 中国での人件費の上昇や適材リクルートの困難も相まって、事情が複雑に絡んでいる。全体的に中国やベトナム、アジア業務の統合管理という経営戦略上の観点もあり、当社のクアラルンプール事務所にはこれから本格的に、中国・アジア統括事務所機能を付与すべく、ロードマップの作成に取り組む、とする方針を確定したい。

 激変の時代である。

資本主義が生んだ共産主義、権力と闘う破廉恥

 マルクスは、資本家であるエンゲルスの協力をなくして、共産主義が生まれたのだろうか。換言すれば、共産主義は資本家が労働者階級から搾取した剰余価値を元に生まれたということになる。

 今の日本を見ても類似の現象が見られる。民主主義の甘い汁を吸い、独裁による恐怖や自由喪失の危険をなくして、「権力と闘う」と豪語する破廉恥は、見るに耐え難いものだ。

 「権力と闘う」には、まず権力の独裁による恐怖と闘って、勝たなければならない。そして権力と闘っていくための自由を確保すべく、まず「権力と闘う」など公然と唱えることはしないのだ。

 本気で独裁たる権力と闘うというなら、平壌にも北京にも乗り込んで広場で叫んでみるがよい。永田町で「権力と闘う」と叫ぶほど馬鹿なこと、世の中にあるのか。無知と破廉恥、それ以外の何物でもない。

 無知から生まれた無恥は、無知よりはるかに醜悪である。

犬同伴勤務の日々

 私の事務室には、愛犬のハチが時々ドアを叩き、入ってくる。同伴勤務が日常的な風景である。

 「仕事場に犬がいると生産性が向上し、連帯感が生まれる」というアメリカの調査があるが、それを理由にするかどうか別として、仕事の合間にコーヒーを飲みながら犬との対話を楽しみ、休憩とするのが私の流儀だ。

 仕事をし出すと、彼は静かに昼寝を始めてくれる。顧客との電話会議となれば、退室してもらうこともあるが、そのまま室内にとどまっても決して吠えたりはしない。

 というような毎日である。

日本人相手の海外投資業者、理性的関係と進化

 海外で、日本人相手のいわゆる金融投資や不動産投資仲介業者はたくさんある。その会社の創業者や経営者にまつわる武勇伝よりも、その顧客がいかに投資で儲かったか、あるいは失敗したかという実話や事例に興味がある。残念ながら、それはあまり聞かない。

 いまの日本は大変だ。年金が減額される。将来的になくなるかもしれない。だから、自助努力で自己年金を作らないと危ない。ここまでは誰もが納得する正論。ただここからが微妙になってくる。どこそこの国の何とか案件が有望だとか。それはまだしも正論としよう。では、リスクとは何か?投資失敗した場合の最悪シナリオとは何か?

 という話になると、突然黙り込む。「おい、営業妨害だ」と、時には怒り出す。私はライバルではないし、営業妨害しても得はしない。そういっているのは、もうちょっと理性的な営業をしたほうが逆にライバルとの差別化ができるのではないかということだ。

 顧客も同じく理性的になってほしい。まずは、うまい話ばっかり聞こうとしないこと。次にリスクと聞いただけで引いてしまうのも馬鹿馬鹿しい。リスクとリターンの関係をよく吟味し、評価し、その金融商品が自分に適合するかどうかを、主体的に判断する。

 業者と顧客の間に理性的な関係ができあがると、互いに進歩し、進化する。

今日の中国は、明日のベトナム

 ベトナムの人件費コスト上昇が止まらない。さらに、労働者を過剰保護する労働法制に起因する解雇難や、労働生産性の停滞といった負の要因と相まって、企業管理面の課題は山積。

 財務・労務・法務面において、唯一の解決策といえば、私が考案した「3階建人事制度」しかない、と自信をもって断言する。

 「今日の中国は、明日のベトナム」

 中国で60社に上る日系上場企業の導入実績で証明された「3階建人事制度」の威力は、ベトナムにおいても発揮されるべく、すでに在越日系企業における導入が始まった。

 6月のホーチミン・セミナーに続き、10月9日(月)午後、ハノイの日航ホテルで「3階建人事制度セミナー(ベトナム版)」を行う。「3階建人事制度」とはどのようなものか、なぜ必要か、それがどのように機能するか、その全貌とメカニズムを徹底解説する。

<予定主要内容>

● ベトナム経営現場の三大課題のメカニズム
  1. 賃上げと人件費コスト上昇の課題
  2. 無期限労働契約・終身雇用の課題
  3. 企業労働法務・人事労務制度の課題

● 「3階建人事制度」のメカニズム
  1. 制度の基本構造と概要
  2. 三大課題を如何に解決するか
  3. 現行制度の変更・新制度導入の諸課題

 是非、在越日系企業経営者の皆様のご参加をお待ちしております。

近い将来の労働市場、HAV形態で私も餓死するか

 10年後の労働市場を考え、未来図を描いてみると、職種は大きく3つに分類されるだろう――。

 1つ目は、「H職」。Human being、生身の人間でしかできない仕事。

 2つ目は、「A職」。AI、人工知能が代替し、機能する仕事。

 3つ目は、「V職」。Value maker、価値創出型の仕事。A職であっても、人工知能でできない付加価値を上乗せしたり、あるはA職とH職の交差混合で、人間が独自の付加価値を上乗せしたりする場面がこれに該当する。

 ただし、流動的だ。H職もV職も、動態的につねにA職の勢力拡大と浸食の恐れに怯えながら、独自価値の創出に日夜奮闘しなければならない。「安定」という言葉は、死を意味する。

 このような「HAV」形態の労働市場は、そう遠くない将来に出現するだろう。過酷な市場だが、いままで機会をもたない者に、大きな機会が訪れる時代でもある。

 ここまでいったら、じゃ、立花、お前の人事コンサルの仕事は将来どうなるんだ、という質問は出るだろう。

 それは消滅する可能性もかなりあると思う。だって、企業の雇用が縮小し、外注主力に傾いた時点で、人事労務の管理業務も大幅縮小する。

 さらに人事労務管理も、人工知能によって取って代わられる可能性も十分ある。すべての関連要素を入力した時点で、AIが最善の人事管理制度をアウトプットする。

 私の仕事は、人工知能のアウトプットのあら探しになる。それができなければ、私は餓死する。ただ、私がどんなに苦労して見付けたあらでも、それが入力された時点で、二度と出て来ないようにあらが修正される。

 このようないたちごっこが繰り返し、私(人間)の知力や体力の限界に達した時点で、私は無残にクライアントにクビを切られる。

 というのが人工知能の時代だ。Welcome to the New Era!

Satoshi Tachibana Official Blog