羽田空港宿泊

 5月27日(土)、早朝から全日空NH972便で浦東から羽田へ移動。半年ぶりの日本、飛行機に乗り込むときから嬉しい。機内食は定番の和食と日本酒。

 2時間10分のフライトはあっという間。1泊だけなので、羽田国際線ターミナルのロイヤルパークホテルに泊まる。バスルームがエアポートビューになっているユニークな間取り。

 夜は友人と蒲田で会食。

他者はどうなっているか、横並びでマジョリティ沈没

 出張は、特に企業の経営幹部と対面する機会が増える。日本企業の経営幹部は概ね2つのカテゴリーに分類できる――。

 「他社はどうなっているか」に関心をもつグループと、「自社はどうあるべきか」に関心をもつグループ。前者、他社がやっていることと同じことをやっていれば安心だという「横並び」の意識ほど危ないものはない。

 他社と同じことをやっていれば良い。そうだったら、経営者も要らない。とそのカテゴリーの経営幹部を批判したいところだが、よく考えると、企業どころか多くの日本人自身も同じではないかと。

 他人との比較、人並みでありさえすれば良いという考え方を持っている日本人が多い。相対比較・評価のままで、評価が上のものは逆に異常値として排除の対象となる。相対評価によってトップを目指すのではなく、脱落せず横並びを目指すのである。

 成長型の社会ではなくなっている。超競争社会だ。横並びでマジョリティ沈没に遭遇すれば、一巻の終わりだ。この時代の変化を本質的に捉えているかどうかで、個人の運命も企業の運命も変わってくる。

 と、そう感じている。

頑張って報われるか、いろんな頑張り方

 頑張る。日本人ほどこの言葉を好む民族はほかにない。頑張るって手段であって、目的ではない。では目的は?

 「どうせ頑張っても報われない」。この一言から読み取れる。要するに、「報われるために頑張る」ということだ。目的は間違っていない。ただ手段の不確実性を知っておく必要がある。

 「頑張っても報われない」ことってとても多い、いやほとんどだ。私自身の体験からいえば、やはり二八法則で、10を頑張っても報われるのはせいぜい1か2である。

 でも大切なことは、「頑張らなきゃ、報われる確率はゼロになること」だ。だから、もっともっと頑張らないとダメ。10ではなく20くらい頑張れば、ようやく3か4くらいは報われるようになるだろう。

 それから、正しい頑張り方も大切だ。頑張ろう。正しく頑張ろう。

運転手はどこ?どこどこどこ嘆きの送迎劇

 5月24日(水)、ベトナム航空VN530便でハノイから上海へ移動。

 浦東空港に到着したところ、迎えに来ているはずの某日系Mハイヤー会社の運転手の姿がない。会社に電話したら、「運転手は所定の場所ですでに待っている」との返事。探し続ける。でもいない。

 しばらくして運転手がゆっくりとやってきた。不機嫌そうな顔、開口一番に文句。「あのう、指定された目印の場所は2つもあるのだから、混乱するじゃないか。信じなかったら、連れて行くから見せてやってもいいよ」。えっ、何でこちらが文句を言われるのか。

 もう結構。そういう議論に付き合うのは馬鹿馬鹿しい。タクシーを使うから、もう車は要らない。

 あとで調べたら、運転手はどうやら、国内線到着で待っていたらしい。送迎の到着便名はベトナム航空と明示されている以上、なぜ国内線到着で待つのか、まったく想像もできない。便名やリアルタイムの到着時間を確かめるのが仕事の基本ではないか。

 日系M社の直接責任ではないと思う。この手のビジネスは、いわゆる現地パートナーに任せたら、いずれこうなるのだろう。約束の制服も白手袋もいつの間にか着用しなくなったり、挨拶もスキルも運転手によってばらつきが大きかったり、サービスの均一性が失われる。

 悲しいが、中国の現実、本質的なところはあまり変わっていない。

ジャッキーとロッキー、伝統武術の政治化にブーメランか

 西洋格闘技に20秒で惨敗した中国伝統武術の動画。最近ネット上で話題になっているし、「日経ビジネスOnline」も取り上げている。

 西洋格闘技と中国伝統武術が同じ土俵で戦う。試合の合理性を別として、まあ、いままで映画とかで中国伝統武術を神技化しすぎたのも一因ではないだろうか。

 カンフー映画もそうだが、抗日映画のなかでも、日本鬼子を含めて「悪人」を中国武術でどんどんやっつけるシーンがあまりにも日常化してしまった。

 ナショナリズムの煽動、武術を正義の代表に読み替える、いわゆるスポーツの政治化。いよいよブーメランか。平和な養生スポーツ、せいぜい護身術あたりで中性的に扱えば良かったのに・・・。

 私個人的には、ジャッキーよりも、ロッキーが好きだ。

ハノイでセミナー、ベトナム労働現場の賃金制度とは?

 5月22日(月)、ハノイの日航ホテルで「ベトナム労働現場の賃金制度」セミナー。

 号俸表の製作といったテクニカルな部分よりも、理念や戦略にフォーカスした。賃上げと忠誠心、パフォーマンスの関連性はあるのか、ベトナム人の賃金観と労働意欲・動機付けとはどのようなものか、平等や公平の考え方・・・などのアジェンダを取り上げた。

 ベトナム労働法は中国よりも、賃金の分野に立ち入っている。公権力の介入が目立つなかで、コンプライアンスに取り組みながらも、如何に制度硬直化を回避し、賃金体系の柔軟性を保つか。難関や挑戦は数え切れないほどあるが、顧客企業と力合わせて取り組みがもう始まっている。

鴨フォー、少々グロテスクな具材に唐辛子どっさり

 5月21日(日)、移動日。クアラルンプール発のベトナム航空VN680便で、夜21時20分にハノイ到着。23時前に市内の日航ホテルにチェックイン。例によってホテル近所の食堂で夜食のフォーを購入。

 今日は鴨フォー。具材は鴨肉、血、心臓、卵、筍などと豪華。庶民の店なので、見た目ではややグロテスクだが、味は素晴らしい。唐辛子をどっさり入れて食べていると、汗と鼻水と涙が止まらなくなる。

 元気が出る。そして、ベトナムに来たなという実感が湧く。

お世辞下手でも食い繋げる方法は?逆説的な逃避行

 私はお世辞が下手な人だ。下手なことが上達するよう努力しても、しょせんお世辞の上手な人には勝てない。

 世の中、お世辞上手な人が多すぎて、私は到底勝ち目がないことに気付いたのだった。まずサラリーマンとしての前途が絶望的だったことを自覚した。

 ならば、いっそのこと努力を放棄し、逆の方向へ行こうと決めた。お世辞を言わないことにした。それだけではない、批判や非難をどんどん口に出していうよう、毒舌を鍛えることにした。

 友人だけでなく、顧客にもズケズケものを言ったら、それは契約を切られることも多々あろう。いやそれでも辛うじて食い繋げることが分かったときから、さらに病み付きになった。

 というわけで、お世辞には大変憧れをもちながらそれを放棄したことにまったく心残りがないわけではない。某関係者にこう言われた。「立花さん、もうすこし丸くなっていたら、大儲けできたのに・・・」

 私だって大儲けしたい。が、世の中そううまく行かないのだ。お世辞下手な人でも、これだけの人生を歩めたことに感謝、感謝、また感謝である。

小麦粉・祭り・絞首台、統治三原則の実践論

 「Farina(小麦粉)」「Festa(祭り)」「Forca(絞首台)」という「3つのF」、人民を治める三大原則として、ナポリ王国のブルボン王朝に起源する。

 帝王学のもっとも大切な原則だが、現今の日本では気づきさえされていない、あるいは実践、機能が出来ない状況に置かれている。民主主義は「絞首台」を廃止し、政治屋がそれぞれ自分に都合のよい「祭り」をやり煽動し、国民はただ「小麦粉(糧)」を求めるだけ、という歪んだ状況にある。

 国家を治めるにも、企業を治めるにも通じるものがある。従業員には十分な給料を与えること、自律的なチームワークや団結力とそれに伴う喜びを持たせること、懲戒や解雇といった制裁機能をしっかり備えること、という三大原則である。私は企業経営コンサル現場ではしっかり実践している。

ある仮説・・・

 ある仮説を立てよう。仮説の前提や条件は設問変更以外に不可変とする――。

 某女性が貧困状態に陥り、いまは以下2択から1つを選ばざるを得ない状況に直面している。彼女はどれを選んでも良いとしている。さて、あなたは助言をしなければならない。

 選択肢その1、適法な風俗業に就職して働く。
 選択肢その2、生活保護を申請して受ける。

 風俗業は適法経営店である以上、納税もしている。一方、生活保護は当然ながら、国民が納めた税金で賄っている。さあ、どう助言するか。さらに、前提を少し変えよう。その女性が赤の他人かあなたの娘かで助言が変わるのだろうか。

 さらにさらに、前提を変えよう。その女性が自らの意思で選択肢1を選んだ。では、あなたは彼女のことをどう評価するか。プラス評価?マイナス評価?

 まあ、最後にあなたに逃げ道を残そう。助言しない、評価しないこともできるとしよう。

Satoshi Tachibana Official Blog