<ハノイ>怠惰な昼下がり、ほろ酔い気分に身を任せる

 ハノイの旧市街地に、「グリーン・タンジェリン(Green Tangerine)」という小さなフランス料理店がある。フランス料理よりも、フランス風のベトナム料理といったほうが実態に近いかもしれない。批判しているわけではない。私もむしろこっちの方を好む。

 行くなら、ディナーよりもランチ。室内席よりもテラス席。席からいうと、室内外は全然雰囲気が違う。室内はやや暗めでいたって普通の洒落た料理店だが、テスラ席でのランチはもう何段もグレードが上。何よりも平日のランチで、しかもワインを飲んでゆったりと流れる時間、そんな怠惰な昼下がりを楽しむのが最高の贅沢だ。

 と、動機不純な私がこのレストランにやってきたのは、金曜日の昼過ぎ。さすが平日だけにすぐにテラス席が空く。ランチは2コースと3コースの選択があるが、もちろん3コース。前菜、メインとデザートはそれぞれ6~7品のなかから選ぶので、結構迷う。妻と、それぞれ異なるチョイスで少しずつシェアすることにした。

 前菜は、イワシのベトナム式リエット風土鍋煮込み、パンペルデュ乗せ、ブルスケッタ、わさびクリーム、エスカベッシュソース添え(上写真)と、ほうれん草とサーモンのミルフィーユ白ワイン仕立て、りんごのピューレと海苔添え(下写真)。なかなか手の込んだ料理だ。味が複雑に交錯し、そのハーモニーにはやはりキリリとした辛口のシャルドネが合う。前菜だけで思わずワインを2杯も飲みほす。

 メインは魚と肉の2品を選んだ。

 魚料理は、スズキのフィレ、地中海風ハーブとクローブのマッシュポテト、レモングラス・ココナッツ・ライムソース仕立て(上写真)。肉料理は、鴨フィレのスライス、パッションフルーツソース仕立て、自家製スパイスパンのクランブル、おろしポテト・ネギ・ブルスケッタ・サラダ・パン皮添え(下写真)。全体的に少々甘口だが、ユニークなソースである。フレンチでパンをソースにつけるのはマナー違反とされるが、私はついにやってしまった。

 ゆったり流れる時間。知らないうちに、ワインは白や赤、何杯も飲み、すっかりほろ酔い気分になった。1928年に建てられた植民地時代の建物。歴史のストーリーをでも語ってくれるような囁きが耳元に届く。錯覚か幻覚か、あるいは意図的な妄想か、よく分からないまま、私の怠惰な時間だけは流れてゆく。