● 高市の首を切ったのは誰だ
外務省の金井正彰アジア大洋州局長が北京で劉勁松局長に頭を下げ、劉局長は両手をポケットに突っ込んでいるあの写真は、単なる偶然ではない。あれは演劇だった。高市の軽率な発言が国際問題化した以上、外務省は外務省で演劇で返すしかなかった。目的は明確で、高市早苗という厄介者の政治的処理である。
だから高市の首を切ったのは中国ではない。中国総領事でもない。切ったのは日本の外務省局長だ。そして中国はその舞台に完璧に協力した。歴史に残る一枚である。
その舞台装置をさらに完璧にしたのが、劉局長の説明だ。「天候の冷え込みで、握手できなかった」。ポケットに手を突っ込んだ理由が寒さだという。ここまでくると芸術の域だ。日本の偽右の皆様は、ぜひ外交部の「暖房がない部屋」を笑って差し上げればいい。ただし笑われているのは日本の側だという事実を理解できればの話だが。
何より問題なのは、日本側の恥の晒し方だ。「高市の汚い首斬り」発言に何ら措置も取れず、逆に日本の局長が北京に出向いて頭を下げる。外交においてこれは最も屈辱的な行為である。金井局長は意図的に恥を負い、それによって高市の政治生命を静かに断ち切ったのだ。「あなたの軽率な発言のおかげで、日本国家そのものが恥を背負った。これがあなたの外交能力の結果だ」
このメッセージを、頭を下げるという形で彼女に突きつけたのである。
● 高市が中国へ贈り物
そして最も深刻なのは、日本人の幼稚性である。多くの日本人は「高市が中国を怒らせた」と信じ込んでいる。しかし実態は正反対だ。中国は怒っていない。むしろ「待っていました」である。中国が本当に怒った時は静かになる。今回のように派手に反応するのは、外交カードを得たときだ。怒りのフリこそ最大の武器であるという現実を、日本の偽右の花畑脳は理解できない。
今回の高市発言は、中国にとって最上級の贈り物だ――。
日本への段階的経済制裁を正当化できる。
国内向けの対日強硬姿勢を演出できる。
日本の保守派を分裂させ、弱体化させられる。
日本経済の揺らぎを利用し、財界から政権へ圧力を向けられる。
国際的には「日本が挑発した」という建前まで確保できる。
中国は怒っていない。怒りの仮面をかぶりながら、冷静に日本の愚策を拾い上げ、利益に変えている。そして日本国内で、保守が分裂し、財界が動揺し、官僚が距離を置くほど、中国の得点は積み上がる。今回の高市発言は、外交的には日本の自傷行為だ。自分の足を撃ち抜いた上で「痛みを知らない中国が悪い」と叫んでいるようなものだ。
日本は演劇で体裁を繕い、中国は演劇で勝利を確定させた。そして舞台から静かに退場させられるのは、高市その人である。
● 日本水産物禁輸再開、中国の対日制裁はまだ序幕である
中国政府が日本産水産物の輸入を事実上停止すると日本政府に伝えた。中国人がホタテを食わなくても死にはしない。だが、怖いのは「買わない」でなく、「売らない」である。
中国が打ち出した対日水産物禁輸は、制裁というより日本社会の痛覚テストの第一段階である。最初から致命傷を与えるつもりなどない。軽い一撃で日本がどれだけ揺れるか、その反応速度と政治的ほつれを観察しているだけだ。
中国はいつも段階的に来る。いきなり心臓ではなく、まず足先をつねり、次に腕をねじり、最後に首元を握る。日本の官僚機構が最も苦手とする局所的・分野別の圧力を、分断効果まで計算して投入する。水産物なら水産物だけが悲鳴を上げ、他の業界は傍観する。この国の弱点は、一つの痛みが全国的連帯を生まない点にある。中国はこれを熟知している。
だが本当に恐ろしいのは、この序章の先にあり得る医療領域だ。ホタテは嗜好品だが、医療物資は日本の血管そのもの。日本の病院は中国製の医薬原料、手袋、注射器、縫合糸、医療服、マスクなどに深く依存している。ここを止められたら、オペ室が回らず、外来が詰まり、救急が止まる。これは国家の神経系が切断されるようなもので、水産物どころの話ではない。
しかも日本の社会は、こうした構造的依存への想像力が致命的に欠けている。水産物程度なら「自分には関係ない」で済ませる。しかし医療が止まった瞬間、国民の恐怖は怒号に変わり、政権支持率は一瞬で地盤沈下する。中国はこれを理解したうえで、まずは軽い制裁を一つ置き、日本の反応と内部対立を観察している段階だ。
結局のところ、中国は日本を殴る必要すらない。小出し制裁で日本自身が勝手にぐらつき、勝手に業界別に悲鳴を上げ、勝手に政権が消耗する構造を仕掛けている。
ホタテは前菜、本番は医療と精密部材だ。日本は痛みを誤魔化し、中国は痛みを刻む。長期戦になれば、どちらが先に折れるかは計算するまでもない。だが、財界は黙っていないだろう。財界の代弁者である麻生も黙っていられなくなるだろう。高市の首切りは、静かに、始まる。馬鹿偽右の責任だ。
● 中国の期待に応える高市首相
高市はすでに詰んでいる。撤回すれば偽右に刺され、撤回しなければ財界と官僚に潰される。どこを選んでも地獄だが、中国だけは例外で、彼女の続投を心から望んでいる。理由は単純で、高市は外交カードではなく日本内部を分断し続ける自動兵器だからだ。わざわざ爆弾を投げる必要もない。彼女が勝手に投げ、勝手に日本社会が爆発する。
だから中国は急がない。今は輸出検査の遅延や一部部材の微調整程度の「ライト制裁」で十分だ。高市が崩壊のタネを内側に撒いてくれているのに、外側から余計な刺激を加えて団結を誘発するのは愚策だ。むしろ、じわじわと痛点を探りながら、年末まで静かに観察するのが最適解になる。
そして中国が「ぜひ頼む」と思っている最大イベントが、12月26日の靖国参拝だ。この日は安倍参拝の記念日であり、外交的には欧米がクリスマス休暇で反応しづらく、国内では官庁が仕事納めモードで火消しが効かない。つまり、国内外の反発コストが最も高く、火種が最大級に育つ日付である。
ここで高市が参拝すれば、偽右は熱狂し、財界と官僚は完全に離反し、外務省は高市切りを本格化し、米台は冷ややかに距離を置く。そして日本国内は「保守か否か」という低レベルの感情対立で割れ、国全体の判断能力が一気に鈍化する。
その状態で2026年1月の総選挙に突入したら、自民党が勝つにせよ負けるにせよ、日本政治は分裂したまま戦列を組まされることになる。
中国から見れば、高市の続投と12月26日の靖国はセットで一番理想的な展開だ。分断は外から壊すより、中から腐らせるほうが圧倒的に効率がいい。高市はそのための最高の触媒であり、参拝は内部崩壊の臨界点を早める導火線になる。年末まではライト制裁で十分。高市が自ら火をつけ、日本社会が爆ぜるのを待つだけでいい。
● 「買わない」と「売らない」
台湾の台北駐日経済文化代表処の李逸洋代表(駐日大使に相当)は11月21日、中国が日本産水産物の輸入を事実上停止したことを受け、「日本の農水産品を『爆買い』して日本を応援しよう」と呼びかける声明を発表した。
量はともかく、気持ちはありがたい。ただし、中国が買ってくれないものは、カネさえあれば代わりに買える。しかし中国が売ってくれないものは、代わりにつくって売ってくれるのか?輸出停止は、金で対処できるリスクである。輸入停止は、金では対処できないリスク。日本の危機は「売れる・売れない」ではなく「買える・買えない」である
日本の中国依存構造は、じつに単純だ。「中国が買わないなら迷惑、中国が売らないなら死亡」。――この二行で説明が終わる話なのに、日本人の九割以上は理解を拒む。なぜかと言えば、この二行を理解した瞬間、日本の「勇ましいごっこ」や「脱中国ごっこ」、そして偽右の「強気ポーズ商売」が全部ウソになるからだ。
対照的なのはアメリカである。世界で唯一、資源も食料もテクノロジーも自前で持ち、真剣に取り組めば「部分的脱中国」が実現可能な国だ。そのアメリカでさえ、台湾問題では「One China Policyを尊重する」と繰り返し、決して本気で中国と衝突しない。理由は簡単で「自国経済が壊れる」からだ。
アメリカ人は中国を恐れているのではない。株価と消費者の反発と、選挙が怖いだけだ。だから彼らの強硬姿勢は、突き詰めれば「衝突しないための強硬姿勢」であり、戦略的には理にかなっている。では日本はどうか。資源ゼロ、食料自給ギリギリ、生活必需品の半分以上が中国製で、医薬原料も電子部材も中間材も中国頼み。太陽光も電池も中国なしでは作れず、自動車産業でさえ中国の部材が止まれば即停止する。
アメリカは「殴れるけど殴らない」。日本は「殴れないのに殴るジェスチャーだけする」。そして結論は残酷なほど明快だ。「中国が買わない」は痛みで済む。「中国が売らない」は生存問題になる。これだけ単純な話なのに、その単純さこそが日本社会の盲点である。国の危機は中国の強大さではなく、日本社会の「現実逃避という国民病」にある。
この病気に効く薬は、今のところ存在しない。なぜなら「薬の原料も中国から輸入している」からだ。
● 「手を出さない」
偽右は馬鹿だが、偽左もアホ。「高市発言で戦争になる」と騒ぐ。戦争せずに勝てるなら、わざわざ戦争する無脳国家など存在しない。80年前の日本は強く、負かすには原爆が必要だった。だが、今の日本は自爆型に進化した。中国はこう考える――。「もう少し泳がせれば、日本は自分の手で内部崩壊を始める」
つまり、痛みの本番は、1月の選挙後、高市が延命した場合に発動する。中国は殴らない。ただ日本が自傷自爆するタイミングに合わせて、「何かをする」のではなく、「何かをしない」を決めるだけだ――。
買わない。
売らない。
もちろん、戦争もしない。
だから、ポケット写真はこのメッセージを伝えている――「中国は手を出さない」。そして、日本国内の偽右は、Sごっこ。偽左は、Mごっこ。どっちも変態。
● いつまでも幼稚な日本人
中国人外交官がポケットに手を入れている写真を見て、「上品ではない」「失礼だ」と怒る人がいるが、これは本当に笑うに笑えない。なぜなら、この反応そのものが外交という高度な権力ゲームをまったく理解していない証拠だからだ。外交の非言語行動は礼儀ではなく戦術である。手をポケットに入れるのは、相手との距離感を操作し、心理的優位や余裕を示すためのシグナルだ。欧米も中東も普通に使う。
ところがSNSの素人は、国際政治を道徳やマナーで理解しようとする。その瞬間、複雑で多層的な外交行動が、小学校の先生に怒られる行儀レベルにまで単純化される。これは行動心理学でいう「認知的単純化」であり、不安や無知を自分の常識に置き換えて安心しようとする防衛反応だ。
問題は、こうした低解像度の政治理解がSNSで拡散し、中国にとって扱いやすい世論を形成してしまうこと。ポケットが無礼なのではなく、政治を礼儀で語る幼児化が危険なのだ。





