私はビジターである

 私は中国撤退ではない。職住分離で、いま居をマレーシアに移し、仕事の大半は従来通り中国にある。

 私と日々接している顧客企業の方以外で、立花が中国撤退したという誤解を持たれている方が少なからずいる。移住、移住、と言っているわけだから、通常は国をまたいで仕事をするほどの職住分離は考えにくいだろう。

 が、たまたま私が従事しているコンサルティング業は、営業活動を排除すれば、顧客面談や案件処理、セミナー講演、研修なら、月の半分もかからない。コンサル業の大部分の時間は、情報の仕入れ、分析そして自己啓発に用いられているのである。この職業の特性が私の遠距離職住分離を可能してくれた。

 私は中国の悪口を結構いう毒舌だと自認している。中国にかなりやられているから悪口を言ってとうとう撤退したのだという結論付けにも簡単につながる。実は私自身はせいぜい日常生活中のいろんな小さな苛立ちだけで、私が日々接している顧客企業のほうがそれこそ、中国で数えきれない理不尽に苦しめられ、この仕事の実体験が私自身のメンタルに大きなダメージを与え続けてきたのである。

 「あなたはとことんの性悪説論者だね」と妻に言われたとき、私は猛省したというか、ある種の危機感を持ったのである。

 逆に、顧客企業の中国での問題が山積すればするほど、それがコンサルタントにとって宝の山になる。なぜかというと、問題解決がコンサルタントの稼ぎの源であるからだ。ただ、この収入源がいざ自身の精神的健康にマイナスの副作用を与えると、話が違ってくる。

 そういうわけで、私は遠距離職住分離を選んで、いまこのマレーシアに住んでいるのである。毎回の中国出張は、実務をこなした上で状況は変わらないが、たった一つだけ、大きく変わったことがある。

 ――私は中国の住人ではなく、ビジターである。常に自分に言い聞かせている。臆病者と言われてもかまわない。私には逃げ場がある。