2月23日――再生への祈りを炎に託した日

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 2月23日。ハチと別れる日。

 最後の朝、家の空気は不思議なほど静かだった。妹のマルがそっとソファーに上り、同じ高さから兄を見つめている。吠えもせず、近づきすぎもせず、ただじっと見ている。その視線は騒がない理解だった。彼女は本能で知っているのだろう。今日が、いつもと違う朝であることを。

ハチを見つめる妹のマル

 11時30分、ハチを乗せた車が家を離れた。住み慣れた家、楽しく遊んだ庭、いつもの道、何度も散歩した風景。運転手に高速のスローレーンを頼み、できるだけ振動の少ない速度で進んだ。急ぐ理由などどこにもない。55kmの道のりを、最後のドライブとしてゆっくり走る。山へ向かう道、柔らかな太陽の光がハチの体を照らしていた。

最後の別れを告げる

 死は終わりではない。私は心の中で繰り返した。死は次なる生への旅立ち。蘇るために死ぬのだ、と。最期の鼓動は止まったが、存在まで消えるわけではない。形が変わるだけだと、自分に言い聞かせる。

火葬炉の前に立つ私

 火葬炉の前に立ったとき、言葉は詰まった。送り出すのは私の手だ。覚悟していたはずなのに、胸の奥が締めつけられ、声が出なかった。それでも、最後まで見届けた。炎に委ねるしかない現実を、目を逸らさず受け止めた。

 拾骨。白く残った骨を、一つひとつ箸で拾い上げる。14年7か月の時間が、この小さな形になっている。重さは軽いのに、意味は重い。静かに骨壺へ納めた。

拾骨

 帰宅。家は変わらないのに、中心だけが消えている。いつもハチがいた場所が空白になり、音のない時間が流れる。涙で文字がにじみ、書く手が止まる。それでも今日を記しておきたいと思った。これは悲しみの記録であると同時に、共に生きた証の記録だからだ。

 ハチは逝った。しかし、彼が与え続けた笑いと温もりは、消えていない。今日という一日は、別れの日であると同時に、14年7か月の感謝を確定させる日でもあった。

<次回>