涙が止まらない14年7か月、ハチは私の人生そのものであった

<前回>

 2月22日。ハチと一緒に過ごす最後の日である。朝から静かな時間が流れていた。花に囲まれ、いつもの空間に横たわる彼の姿は、眠っているときと何も変わらない。私はそばに座り、何度も体に触れた。知らないうちに涙が溢れていた。

 不思議なことに、彼の体は冷たく感じなかった。大型犬だから冷えにくいとか、室温がどうとか、理屈はいくらでもつくだろう。しかし、そんな説明はどうでもよかった。私の手に伝わってきたのは、14年7か月、毎日触れてきたあの温もりである。いつもと同じ感触だった。私は彼を失ったのではなく、まだ隣にいると身体が感じていた。

 14年7か月。私は彼を動物だと思ったことは、ただの一度もない。ペットでもない。家族という言葉すら足りない。彼は人格を持った存在であり、意思を持ち、喜び、怒り、拗ね、甘え、そして考えていた。言葉を話さないだけで、人間よりも正直で、潔く、迷いがなかった。

 私は彼に何を与えただろうかと考える。しかし実際には、与えられたのは私の方である。彼は私に時間を与え、規律を与え、責任を与え、そして無条件の信頼を与えた。忙しさや苛立ちや社会の雑音の中で、私を人間に引き戻してくれたのは常に彼だった。

 そして何よりも、彼が私や家族に与えてきた笑いと幸せである。この14年7か月、一日たりとも途切れることなく、彼はそれを与え続けてきた。朝も、夜も、雨の日も、疲れ切った日も、彼は変わらなかった。そこにいるだけで、家の空気が柔らかくなった。沈黙さえも温かくなった。

 私は彼の耳元で、ありがとう、ありがとう、ありがとう、と何度も繰り返した。何度繰り返しても足りなかった。足りるはずがなかった。14年7か月分の感謝を、言葉にして返すことなどできるはずがない。届いたのだろうか。いや、きっと届いている。もしかしたら、彼はまだ聞こえているかもしれない。

 夜、ハチの大好きな庭バーベキューを星空の下で行った。炭の匂い、夜風、静かな灯り。彼が何度も走り回った庭である。肉の焼ける音を聞きながら、私は空を見上げた。終わりというよりも、一区切りという感覚に近い。彼と過ごした時間は消えない。形を変えるだけである。

 14年7か月は短くはない。しかし、十分だったとも言えない。だが後悔はない。私は彼を最後まで一個の存在、一個の尊い存在として扱い続けた。それだけは胸を張って言える。

 ハチは私の人生の一部ではない。彼は私の人生そのものの時間であった。本当に本当に、ありがとう。

<次回>