祝ハチ14歳誕生日、「相互見守り生活」に伴う決断
S. Tachibana
<前回> 2025年8月6日、我が家の次男ハチが14歳の誕生日を迎えた。体重16kg、人間に置き換えればおよそ72歳。還暦を過ぎた私より、さらに12歳も年上となった。 日々の暮らしのなかで、互いの…
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還る場所、共に在る時間――ハナ、庭に眠る
S. Tachibana
<前回> 2025年6月27日(金)。七七日(四十九日)を迎えた今日、ハナの納骨式を執り行った。場所は、ハナが生前こよなく愛した我が家の庭である。緑に囲まれ、小鳥のさえずりに包まれるこの場所は、ハナ…
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ハナを偲ぶ(6)~哲学はなぜ孤独か、共感されない痛みの理由
S. Tachibana
<前回> 「言葉にならないもの」と共にあることの孤独。 喪失の痛みは、往々にして言語を拒絶する。それは、言葉にすればするほど遠ざかっていく実感であり、説明すればするほど陳腐化する現象である。だから…
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ハナを偲ぶ(5)~癒されることの責任、「受益者」の犬搾取に抗うために
S. Tachibana
<前回> 「癒される」。ペットを飼う人々の共感である。 癒しは、決して否定されるべきものではない。苦しみや痛みを抱えた者が、動物の存在によって慰められ、救われるという現象は、まぎれもなく現実に存在…
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ハナを偲ぶ(4)~しつけ教室という服従装置と人間の自己満足
S. Tachibana
<前回> 「よく躾けられた犬ですね」。その言葉は、ほめ言葉であると同時に、支配の達成を告げる宣言でもある。人間が動物を含む他者を「望ましい姿」に矯正し、従わせるという構造。それは、教育、育児、訓練と…
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ハナを偲ぶ(3)~涙の向こうへ、共感から省察へ
S. Tachibana
<前回> 「泣けました」という言葉を何度かいただいた。私の文章を読んで、涙が出たという。素直に嬉しく思う。悲しみや別れの描写が、誰かの心に触れ、感情の奥を震わせたのであれば、それは書き手にとって確か…
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ハナを偲ぶ(2)~ハナ 沈黙を連れてくる、選別の始まり
S. Tachibana
<前回> 2025年5月、ハナが旅立った数日後、Facebookのダッシュボードに異変が起きた。再生数が跳ね上がった。いいね、シェア、コメントも比例して増えた。プロフェッショナルダッシュボードは、感…
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ハナを偲ぶ(1)~装飾なき忠誠、芸も衣装も拒んだ命との共生
S. Tachibana
<前回> 【声明】本連載は、一般的なペット文化に親しんできた読者にとって、違和や反発を覚える内容を含んでいるかもしれない。私の価値観は、いわゆる一般通念とは明確に一線を画している。だがそれは、誰かを否…
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ハナ、仏の恩寵に導かれて――2025年5月12日 荼毘の日に寄せて
S. Tachibana
<前回> 2025年5月12日(月)、ハナは静かに荼毘に付された。この日は偶然にも、釈迦牟尼仏の誕生、成道、涅槃の三大聖事を一日に祝う仏教最大の吉日、ウェーサク(衛塞節)にあたる。仏陀の魂がこの世に…
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