高島屋は中国撤退を撤回~何があったのか?どうなるのか?

 世にも奇妙な物語があるものだ。

 「撤退は止めた」。――高島屋上海店は突然、8月25日に予定されていた閉店と中国撤退を撤回した(撤退関連の記事:『中国側から見た、上海高島屋の撤退』)。前代未聞のどんでん返しだが、一体何があったのだろうか。なによりも、営業継続によって最終的に高島屋上海店は赤字を一掃し、利益を出し繁盛店に変身させ、本物の大どんでん返しで世間を驚かすことになるのだろうか。

店頭に張り出された高島屋上海店営業継続の告知(写真は上海在住O氏提供)

● 高島屋はなぜ中国撤退を撤回したのか?

 高島屋はなぜ中国撤退を撤回したのか?8月23日付けの日本経済新聞はその背景をこう説明した――。「(高島屋は)家主と家賃の減額交渉がまとまらず事業継続が困難になると判断し、店舗の閉店と運営会社の清算を表明していた。家賃減額など家主や上海市政府が支援を申し出たことで、採算性が向上するとみて、店舗運営を継続する」

 同日付の流通ニュースは、「営業継続の条件について、家主からの支援及び上海市・長寧区の協力により、事業採算性が大きく高まる目途がたったため、清算を中止する」と、報じている。

 なるほど、家賃減額。6月までさんざん家主と交渉を続けてきたものの、まとまらなかった。さすが政府が介入すれば、一気に交渉がまとまり家賃減額となった。外資企業が相次いで撤退するなか、地方政府が懸命に「慰留工作」に取り組んだ成果だったかもしれない。日本人からすれば、さぞかし驚くべき展開だった。一民間企業・外資企業が経営難に陥ったところで、政府が進んで家賃交渉まで乗り出すとはなかなか想像し難い。

 しかし、高島屋よりはるかにインパクトの強いカルフールの中国撤退(参照:『カルフール中国撤退、時代の寵児はこうして墜落した』)にはなぜ「慰留工作」をしなかったのか。あるいは、したにもかかわらず失敗したのか。なぜ、カルフールが乗らなかったのに、高島屋が乗ったのか……。いずれも答えの出ない質問で、謎が深まる一方だ。

 結果的に、政治の経営への介入は必ずしも常に「ネガティブ」とは限らない。こうした「ポジティブ」な介入、あるいは「支援」は企業や経営者にとって短期的に確かにありがたい側面もあるが、しかしながら、政治がこうして経営に簡単に介入してこれるという中国の人治的な経営環境をどう受け止めるかは当事者や傍観者によって見解が分かれるところであろう。

 2012年12月当時高島屋上海店の開業は、反日運動の時期と重なり、最悪の滑り出しとなったが、いまの家賃減額は一種の「埋め合わせ」と考えれば、義理人情にかなったものといえるかもしれない。そう考えると妙に納得してしまう。ただ中国側がそう思っていなくて単なる一方的な恩義と捉えた場合、高島屋はやはり恩返しをしなければならなくなる。ともあれ、閉店・撤退が避けられて良かった。と、言いたいところだが、これからどうなるのか、やはり気になる。

 外部要因と内部要因という2つに分けて考えてみたい。

8月25日の高島屋上海店内風景(写真は上海在住O氏提供)

● 高島屋が超短期間に撤退撤回の決断をする背後には?

 まず、高島屋中国撤退の報道をもう一度引っ張り出してみよう。

 わずか2カ月前。6月25日付の日本経済新聞電子版は、「米中貿易摩擦の影響などで消費が減速しており、運営継続は困難と判断した」と報じた。SankeiBizも6月26日付の記事で、「長引く米中貿易摩擦の影響で業績改善は見込めない」と撤退の背景を報じた。

 そこで、「米中貿易摩擦の影響による消費減速」というマイナス要素はこれから、「家賃減額」というプラス要素に打ち消され得るかという新たな経営課題が浮上する。その辺の試算はデータをしっかり折り込んで行われる、いや、行われたはずだろう。ただ、2か月弱という短期間に急転換の状況に直面しながら、どこまで精緻かつ綿密な経営計画を立てられるか、少々疑問を感じる。

 一方、経営は必ずしもすべてが精緻かつ綿密な経営計画を必要としない。人間は常に、「オプティマル」たる「最適解」や「最善策」を探し求めている。しかし、オプティマルにたどりつくまでは、長い時間やコストがかかることがある。さらに長い時間がかかった故に、状況が変わり、そこで得られたオプティマルはもはや、最適でも最善でもなくなっていることすらある。

 もう1つの概念、「ヒューリスティック」とは、必ずすぐに最適解を導けるわけではないが、ある程度のレベルで最適解に近い解を得ることができる方法である。ヒューリスティックスでは、答えの精度が保証されない代わりに、回答に至るまでの時間が少ないという特徴がある。状況が刻々と変わる変化の早い現代社会では、時と場合にもよるが、オプティマルよりも、ヒューリスティックのほうが威力を発揮する場面も多い。

 必ずしもオプティマルに直結するとは限らないが、日本人は一般的に「熟議」を善とする。これに対して、中国人はむしろ全体的に「ヒューリスティック」的な傾向が見られる。日本人から見れば、中国人経営者は軽率な意思決定をしたりすることが多い。独裁的で熟議に欠ける決断ではうまくいかないだろうと、ヒヤヒヤしたりする。確かに失敗に遭遇することも多いが、ただ彼らの軌道修正もヒューリスティック的で早い。試行錯誤を早いペースで繰り返していると、失敗データと成功データの処理量が日本人よりも多くなり、そのデータの蓄積・活用度の高さによって、オプティマルに近づくスピードも総じて日本人よりは、早い。

 「摸著石頭過河」という中国語の成語がある。「渡ったことのない川を渡る。水深も知らないところで川底の石で足場を確かめながら一歩ずつ川を渡っていく」という意味。ヒューリスティック的な典型といえる。鄧小平もこれを基本理念とし、「改革開放は正しい事業だと思う。ならば、大胆に試みよ」という趣旨のことを言っていた。

 良い意味でも悪い意味でも、中国は大きな成果を挙げた。これは否定できない。「ヒューリスティック」で「オプティマル」に近づくという方法論は立派だ。日本人はこれに学ばなければならない。と、私は常に主張していた。

 という意味において、高島屋が2カ月弱という短期間に決断を下した背後には、この種の中国流の「ヒューリスティック」的な、直観的なアプローチがあったかどうか、非常に興味深い。それはこれからの高島屋上海店の経営を見れば、答えが見えてくるだろう。つまりは現地の状況に合わせた試み、試行錯誤を繰り返しながらも、機敏に軌道修正できるかどうかである。

● 私は高島屋上海店の将来を楽観視していないが…

 拙稿『中国側から見た、上海高島屋の撤退』に、高島屋上海店の撤退について、中国現地消費者ニーズとのミスマッチや商品価格、社内管理などにおける「現地化」の欠落問題を提起した中国側の報道を紹介した。これらの問題提起を高島屋はどう捉えているのか、特に今後の運営にあたって、経営課題として取り組む予定はあるかどうか、どのように取り組むか……。

 といいたいのは、元々撤退決断を裏付ける問題群と相殺するために、「家賃減額」という単一アドバンテージでは不足しているように思えるからだ。「米中貿易摩擦の影響による消費減速」という不可避の外部要因を横目に、如何にして経営戦略や制度・仕組みの調整をもって内部要因をアドバンテージ化していくかが重要課題になってくるだろう。

 最後に「米中貿易摩擦の影響による消費減速」という高島屋の中国撤退を裏付けた要素に触れてみたい。つまり、米中貿易摩擦と中国国内の消費減速の間にどのような関連性があるかである。

 そもそも、中国の経済成長や繁栄を支えるものとは何か?製造業と輸出、投資といったところ(三位一体)ではないだろうか。中国の繁栄を紡ぎ上げた原初的基礎は、加工輸出業だった。自前の技術も資本もないなか、海外からの投資と技術で加工製造業が立ち上げられ、出来上がった製品も海外市場に供給されるため、産業チェーンの上流と下流はいずれも外部に掌握されていた。

 人件費の上昇等によって加工製造業の「経年劣化」が目立ち、さらに米中貿易戦争によってサプライチェーンの中国外への移転も相まっていよいよ、この「三位一体」の体制が今崩れようとしている。すると、次に期待されるのは、内需。しかし、これもいま大変疲弊化している。「三位一体」の崩壊、経済の低迷で多くの国民は倹約指向に転じ、財布の紐を締めるようになったのだ。失業率の上昇、懸念される不動産相場の下落など、消費を鈍化させる要因ばかりだ。さらに実店舗の百貨店業にとってみれば、世界の最先端を走る中国のネット通販業という「モンスター」がそこに横たわっている。

 私個人的には決して、高島屋上海店の将来を楽観視していない。とはいっても、すべての退路を断ち、背水の陣を敷くという意味で高島屋が本物の大どんでん返しを見せてくれるかもしれない。

 『高島屋は中国撤退を撤回、自信取り戻して経営を継続』との見出しで、新浪網など複数の中国メディアが8月23日付けで、「高島屋は本日をもって再出発する」と報じた。中国語の「重拾信心」「重新啓程」は「自信を取り戻す」「再出発する」という意味であるから、高島屋が心機一転した意気軒昂たる姿が中国人の目にたくましく映ったのであろう。それが虚像でないことを願うばかりだ。

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