ERIS™ HR Report Asia版 テスト配信開始に先立つ、アジア統括本部HR課題の構造整理(情報共有)

 本レポートは、当社が2026年2月よりテスト配信を予定している「ERIS™ HR Report Asia」の開始に先立ち、日系企業アジア統括本部に共通して見られるHR課題について、その構造と判断論点を整理したものです。

【1】各国ミクロ・法令情報とアジア統括本部における位置づけ・活用の考え方

 アジア各国の法令改正や個別労務案件については、現地の弁護士・専門家が一次情報として対応しているケースが大半です。これらのミクロ情報が、各国で共通に生じている現象なのか、特定国に固有の事象なのか、また中長期的に地域全体の人事政策や組織運営にどのような影響を及ぼすのかといった観点で整理されないまま分断されている場合、意思決定への活用が難しくなります。ミクロ情報をマクロの人事・経営課題との関係で再配置する視点が求められています。

【2】日系アジア統括本部に共通して見られる主要HR課題

 第一に、各国で人事制度・等級・評価・報酬体系が異なることによる比較不能問題です。誰がどのレベルの人材で、どの程度の役割や付加価値を担えているのかを、アジア統括本部として統一的に把握しにくい状況が生じています。この状態では、人件費が実質的に固定費として積み上がりやすく、ベースアップや調整的な賃上げが先行する一方で、それが生産性や付加価値の向上とどの程度連動しているのかを検証しにくくなります。
 その結果、各拠点で人件費水準が上昇しているにもかかわらず、事業成果との乖離が見えにくいまま放置され、経営を圧迫するリスクが高まる構造が生まれています。

 第二に、エンゲージメント低下やパフォーマンス不振が構造的に見えにくい点です。サーベイ結果や離職率といった数値は把握されているものの、なぜ期待した成果が出ないのか、なぜ人材が離れていくのか、どの層にリスクが蓄積しているのか、またその要因が制度、上司、処遇、あるいは組織構造のどこにあるのかが、十分に可視化されていないケースが少なくありません。
 一方で、こうした状況下では、役割や付加価値が相対的に低下している人材が組織内に滞留しやすくなる傾向も見受けられます。結果として、現場では明示的な不満や対立が表面化しないまま、成果に対する期待値と実態の乖離が広がり、組織全体の生産性や活力に影響を及ぼす可能性があります。このような環境が、どのような人材行動を誘発するのかについては、慎重な観察が必要です。

 第三に、後任者育成・承継の薄弱・空洞化です。形式上は後任候補やサクセッションプランが設定されていても、実際には育成が十分に進んでいない、あるいは優先順位が下がっているケースが少なくありません。特に、現場で蓄積されてきた判断の背景や調整ノウハウといった暗黙知が、体系的に共有・伝承されないまま属人化している状況が見受けられます。
 その結果、後任候補が「名前としては存在するが、実際に任せると組織が回るかどうかは検証されていない」「駐在員引き上げ後に、想定外の混乱が生じる」といった事態が起こりやすくなっています。承継が人材の問題ではなく、知識・判断・関係性の引き継ぎの問題として十分に設計されていない点が、構造的な課題となっています。

 第四に、問題発生時における役割分担や判断レベルが整理されきれていない点です。現地法人、アジア統括本部、日本本社のいずれが、どの段階でどの程度関与すべきかについて、あらかじめ明文化された共通理解が十分でない場合、個別事案ごとの対応が積み重なりやすくなります。その結果、短期的な対応は行われるものの、同種の事象が繰り返されやすく、構造的な改善や学習につながりにくい状況が生じることがあります。これは特定の主体の問題というよりも、グループ全体としてのガバナンス設計の課題として捉える必要があります。

【3】各国ミクロ・法令情報をどう「判断論点」に変換するか

 アジア統括本部に求められる役割は、各国の個別法令や制度変更に直接対応することではなく、それらの事象をどのような論点として捉えるべきかを整理することにあります。すなわち、当該事象が一過性のローカル事象なのか、複数国で同時に生じている構造的な変化なのか、また人事政策や組織運営にどの程度の影響を及ぼし得るのか、といった観点で再整理することです。
 このようにミクロ情報を「対応事項」ではなく「判断材料」として位置づけ直すことで、各事象に対してどのレベルで注視すべきか、どの程度の共有や検討が必要かといった論点が明確になります。アジア統括本部の機能は、個別対応の主体になることではなく、こうした判断の前提を整えることにあると考えられます。

【4】人事課題が経営課題へ転化する兆候

 上記の課題は、当初は人事上の問題として認識されますが、一定の段階を超えると、ガバナンス、リスク管理、事業継続性といった経営課題へと転化します。その兆候は、必ずしも大きなトラブルとして表面化するとは限らず、現場の沈黙、判断の先送り、説明しにくい離職といった形で現れることが多い点が特徴です。

【5】ERIS™ HR Report Asia の編集方針と優先テーマ

 ERIS™ HR Report Asia では、各国個別情報の網羅ではなく、アジア統括本部の思考整理と判断を補助することを目的とした情報提供を行います。各国事情を素材として扱い、複数国を横断して抽象化・構造化すること、結論を押し付けるのではなく判断軸を提示すること、制度論よりもガバナンス・承継の持続可能性に焦点を置くことを編集原則とします。
 具体的には、アジア共通で進行する人事トレンドの構造整理、ナショナルスタッフのレベル可視化、エンゲージメント指標の限界と離職予兆、後任者育成・承継が失敗する典型パターン、駐在員帰任後の人事ガバナンス、各国制度差を前提とした統一と分散の線引き、アジア本部が現地の判断を支援すべき案件と、現地判断に委ねることが適切な案件を見分けるための判別軸、人事課題が経営課題へ転化する兆候などを、優先的に扱う予定です。

 今後、これらの論点を継続的に整理・提示する情報提供として、ERIS™ HR Report Asia のテスト配信を開始予定です。本レポートが、日頃感じておられる課題の整理や、社内での議論の一助となれば幸いです。