「就業規則」思い出いろいろ

 来週のセミナーは、「就業規則」が主題。いつくか「就業規則」の思い出がある。

 先日、某日系企業に「就業規則」を作った。法定の民主的手続が必要で、従業員大会をやって、全員の前で、私が規則を説明する役を担当した。説明が一通り終わると、従業員から質問を受ける時間になった。色々な質問が飛んできた。

 従業員 「第○○条の「検査」ですが、会社が必要と認めたとき、従業員に所持品を見せるよう求める権利があるとなっていますが、会社は警察ではないし、それは、人権侵害ではないでしょうか?」
 立花 「厳しいご質問ですね。でも、とても良い質問です。そこで、よく読んでください。この条文には、前提がついています。『従業員の同意の元で』ですよ。強制捜査ではないのです」
 従業員 「任意ですか?では、従業員が同意しなければ?」
 立花 「仕方ないですね、会社は、警察を呼ぶしかありませんね」
 従業員 「それにしても、この条文、まるで従業員を泥棒扱いして、気分が悪い!」
 立花 「私も気分の良い条項とは思いません。そこで、失礼なことを聞きますが、あなたは泥棒ですか?泥棒のこと、好きですか?」
 従業員 「えっ?何言っているんですか!私は泥棒ではないし、泥棒が大嫌いです」
 立花 「失礼しました。私もそう思います。あなただけじゃない、皆さんも良い人ばかりで、泥棒が大嫌いでしょう。だから、泥棒叩きのこの条文を嫌う理由はないでしょう」
 従業員 「……?」
 立花 「皆さん、飛行機乗りますね、空港でセキュリティーチェックされますよね。いま、とても厳しいでしょう。靴を脱がされたり、ベルトまではずされたりして、こんな気分の悪いことはない。そう思ったことありませんか?なぜ、そうなっているのでしょうか?世の中に善良な人ばっかりです。たった数人のテロリストのために、このような体制が取られているのでしょう。『悪』を取り締まる体制がないと、被害を受けるのが『善』でしょう。『善』を一生懸命守らないとだめでしょう」……

 実は、その「検査」条項について、私も当社の弁護士も問題にしていた。しかし、その企業は工場があって、工場から部品が持ち出される不正行為が頻発しているから、どうしても、この条項ははずせないとの要望があったので、私の意見で、「従業員の同意の下で」という前提を入れたのだった。

 引き続き、「就業規則」の思い出。

 大手日系メーカーX社から、就業規則の制定を含む人事制度の相談があると呼び出され、上海市内から1時間ほど離れた工場本部に私は説明に出向いた。

 デモンストレーションを始めると、私は「就業規則」の標準版雛形をお見せした。私が作ったこの標準版は、日本語版4万5000文字、中国語版4万文字と合計90ページに及ぶ巨大フルバージョンだ。当社がこれまで蓄積したノーハウとリスク対応パターンがすべて凝縮されている、というちょっと自慢できる宝である。それを導入した某大手S企業の法務本部長から、「これは、恐らく中国一の就業規則だ。わが社が先取りして、これだけハイテックな就業規則を整備できたこと、誇りに思っている」と、賞賛をいただいたこともあった。

 話を戻すが、当日X社は、日本人副総経理、中国人人事課長以下担当者5名という陣容だった。私が、説明しながら例の「就業規則」標準版をお見せすると、全員しばらく見入った。気がついたら、日本人副総経理と話し込んでいるときも、人事課長と担当者らはずっと、「就業規則」を見せ合いながら、小さな声で議論を交わし、次から次へとメモを書き留めていた。ちょっと非常識かなと思いつつも、言いづらかったので、止めることができなかった。

 1時間後、説明が終わり、別れの挨拶をして私が車に乗り込んだ。車が工場の正門まで走っていくと、ふっと私が「就業規則」を回収し忘れたことに気付く。すぐに車を戻し、インターホンで担当者を呼び出す。出てきたのは、人事課長。主旨を説明すると、少しお待ちください、すぐ持ってくると彼女が戻って行った。そこで、待つ時間数分、笑顔の人事課長が「就業規則」をもってきた。

 車が再び走り出すと、またもや、私はあることに気付く。私は半端でない潔癖症で、きれいに整えて製本した「就業規則」のページは大分乱れていた。プラスチックフォルダーのレールも外された痕跡があった。

 コピーを取られたなあと、私は直感した。時間的にも数分間・・・

 失敗したと思いつつも、そんなことを聞けるはずがないし、あくまでも「性悪説」の推測でしかないので、諦めた。その後、何度か連絡を取ったが、X社からはとうとう制度構築の依頼が来なかった。・・・

 数か月後、ある新法規が出てきた。「就業規則」の標準版に恒例のレビューを行うと、いくつか不具合が見付かった。早速全面的に改正を行った。そのとき、またふっと思いついたのは、X社だった。もし、「アレ」を使っていたら・・・、まさか、いまさら、改正箇所を通知するわけにもいかない。当社の標準版を使っている顧客には、このようなバージョンアップを全員通知しているが、ただ、あくまでも正規版ユーザー限定だ。

 もしかしたら、私が作った「就業規則」は、どこかで海賊版が流通していたら、品質保証が問題になるだろう。中国の労働法令や政策はどんどん変わっているし、リスク事例もどんどん更新している。海賊版は、まるでパターン更新のできないアンチウイルスのソフトのようだ。もちろん、海賊版ユーザーは自分で更新する力を持っていれば、もったく心配は要らないだろうが・・・

 この後、商品の紹介は、すべて条文の半分を削除した(中略)デモンストレーションの専用バージョンを用意した。あくまでも「性悪説」だが、もし本当に海賊版コピーを取られたら、X社は立派な窃盗行為だと思う。それでも東証1部上場で、世界的にも有名なブランドをもっている会社だが・・・こんな人事管理の会社から、商売を取らなくても良い。この会社から後日も、別の質問をしてきたが、忙しいことを事由に、二度と足を踏み入れることはなかった。

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