旅立ち(1)~私は葬儀場の会計係

 義母の通夜の日、私と義妹の夫に割り当てられた仕事は、香典袋の開封と現金の集計・記帳、いわゆる会計係だった。

 事前に葬儀社の担当者から説明を受ける。とにかく書かれた金額と中身の現金が合うかどうかきちんと照合して記帳すること、あと、たまに空袋を渡す人もいるので焼香が終わるまで時間があるので早期発覚すること(それで、焼香を終えた当人に問い詰めるのか?)・・・

 責任重大だ。弔問客200人規模の大がかりの通夜で、会計係は大変だ。受付から続々と香典袋をどさっと渡されると、手早くさばいていかなければならない。精緻な香典袋で厳重に二重層包まれているものもある(ご丁寧にありがとうございます)が、そのとき袋の解体はまず一大仕事になる。

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 気がついたら、2時間半の通夜が終盤に差し掛かる。慌てて会計当番を交替しながら、義母の霊前で焼香を済ませる。私が知る限り、焼香は喪主、肉親、近親、親せきから、知人、一般までという順で行われることになっているはずだが、なぜか、会計当番の親族の焼香は、後半しかも終盤になってようやく順番が回ってきたのか。

 上海のセミナーまで延期して、多数の参加者に多大な迷惑をかけながら、日本にやってきたのは、義母を見送るためである。金を数えるために来たわけではない。まず、香典などは式終了後にやったらいいじゃないか。

 参列者があまりにも多く、ついに三列並んで焼香を待つ弔問客が会計席にまで溢れ出る。「親族の方も大変ですね。お仕事ご苦労さん」。机に無造作に積み上げられ、仕分けされている万円札、5000円札、1000円札の処理に没頭する会計係の二人。何も答える言葉はない。皮肉られているのかもしれない。

 最初から会計係を辞退すれば良かったのだが、めったに顔を合わせることのない義兄弟だし、海外で刺々しい私でもこのときくらいは和のしきたりに従おうと、仕事を引き受けたのだった。せいぜい事後の香典集計で、みんなが食事している間に済ませれば良いかと思っていた。しかし、ことは違っていた。こんな肝心なときに、何と親族が裏で香典の札を数えているとは、私がこれ以上ない嫌悪感を覚え、強い吐き気を催した。

 義母に最後の別れを告げ、静かに旅立ちを見送りたい。――私の願いは叶うことがついになかった。与えられた会計当番の仕事をきちんと務め上げたが、用意されていた食事に手をつける気分になれず、会場を後にして妻と二人で引き揚げた。

 その夜、私は酒を飲んで泣いた。

<次回>