旅立ち(3)~死に方は自分で決めるその一、明日死んでも悔なし

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 義母の死で考えさせられたことがたくさんあった。その一つは、死を迎える準備は早めに早めに始めることだ。セレモニーの直後に自分の死について、さっそく妻と語り合い始めた。

 死を語ることは、縁起が悪いと思う人がたくさんいると思う。でも、「死」のことを「生」のうちに考えなければいつ考えるのか。特に早い段階で余裕を持って、よく考えるべきではないか。私個人的には、積極的に死を考える人間である。生まれ方が選べない人間は、せいぜい自分の死に方くらいは決めようではないか。人間は誰もが死から逃れることができない。逃げても無駄。だったら、堂々と死に向き合うべきではないだろうか。

 「死」を考える勇気がなければ、「生」の勇気はあるまい。

 「死に方」以前に、まず「生き方」を考えなければならない。もし、明日死ぬことを知ったとき、自分は迫る死にどう向き合うか。「こういうことをやりたかった」とか、悔いは残っていないか。私自身は「明日死んでも悔いはない」と豪語してきた。これからもこう豪語していくつもりだ。たくさんの夢を持った。幸いにもその一つや二つは実現した。そして残りの夢を追いかける途中で多くの幸福を手にした。これだけでも十分だ。世界一の幸せ者である以上、明日死んでも悔いはない。

 私は、自分の実年齢の倍以上の生存価値を感じている。いまの私はすでに、94歳なのである。

 金銭面では、一文なしの極貧のどん底に陥ったことも経験したが、幸いなことに努力が実っていまは、辛うじて妻が100歳まで生きても頼れる生活資金の設計が出来ている。だから、私がいつ死んでも心配はいらない。

 唯一心配しているのが会社だ。「立花」ブランドのエリス社は、私立花が死んでもやっていける人材はまだいない。すでに一部実施しはじめたが、来年以降の経営課題は、「社長が死んでもやっていける会社づくり」である。いや、そこまで贅沢に言わない。エリス社がやっていけなければ、たためば良い。従業員に愛社精神を求めない。ただ、エリス社をたたんでも、従業員が路頭に迷ってはいけない。「立花が死んでもやっていける会社づくり」よりも、「立花が死んでも、エリスが消えても、食べていける人間づくり」が最優先だ。

 2011年10月20日、義母の葬式に赴く途中で、47歳の誕生日を迎えた私は、人生の後半、そして何よりも終点のことを考えずにいられない。私は人間である以上、死を恐れないといったらウソになる。なるべく、死にたくない。けれど、たとえ明日死んでも、決して悔いは残らない。死を恐れながらも、平静に死を受け入れたい。

 あと、死ぬまでの間は、学び続けたい――。「永遠に生きると思って学べ。明日死ぬと思って生きよ」

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