● 台湾問題は「演劇」を許さない
中国が台湾攻撃の前段階で日本に先制攻撃を加えれば、自衛隊が反撃するのは当然であり、議論の余地はない。しかし、問題はそこからだ。中国が台湾回収という「国家の核心利益」へ向けて行動している時、日本が軍事介入すれば、それは国際政治の文法に照らして「別次元」へ跳ね上がる。国連の立場も日中共同声明も、台湾を中国の構成要素と位置づけている。日本が武力関与すれば、「第二次対中侵略戦争」という最悪のナラティブを中国が採用しても、日本は反論材料をほぼ持たない。
つまり台湾問題は、国内向けの「右派ウケ演劇」で触れてよい領域ではない。ロマン主義の「台湾のために日本が血を流す」という妄想は、現実の国際政治では最も危険な禁じ手だ。国家の生存局面に“正義”を持ち込む国は必ず敗北する。この常識を、高市は踏み外した。
● 靖国(危険度3)と台湾(危険度10)を区別できなかった致命傷
高市政権には二つのベンチマークがあった――靖国参拝と台湾問題である。高市は就任直後に靖国参拝を控えたが、これは現実路線で正しい。靖国は象徴政治の領域であり、危険度は3。中国にとっては「怒って見せるだけ」で済む舞台道具である。
だが台湾問題は、危険度10。台湾は中国の憲法的・民族的「国家統一の核心利益」であり、同族内戦ゆえ中国内部でも慎重さがある。しかし日本が台湾へ軍事関与を示唆すると、中国の「歴史物語」が起動し、「未清算の侵略」という重たいナラティブに火がつく。習近平が本心で避けたくても、民意が背中を押す。
高市は靖国と台湾を同じ「右派パフォーマンス」の延長線で扱い、国内向け喝采のために踏んではいけない地雷を踏んだ。それが致命傷となった。
しかも、トランプですら台湾問題になると口を濁す。今回も高市発言を支持せず、むしろ中国への外交カードとして高市を切り捨てた。台湾で中国を刺激して得られる利益はゼロ、沈黙すれば中国から譲歩を引き出せる。高市の「迎合右翼パフォーマンス」は、同盟国すら迷惑がる無価値な独り芝居なのだ。
● 高市続投シナリオ:中国の「静かで残酷な」狙い撃ち制裁
高市が辞めない場合、中国は軍事ではなく経済で動く。中国は感情で動かない。利益とコストで動く。高市の台湾発言が修正されないまま政権が続けば、中国は「日本の台湾介入意思が固定化された」と判断する。すると最初に動くのは、コストゼロの「静かな制裁」である。
・在中邦人ビザ遅延
・日系企業への行政査察・税務調査
・観光客への渡航自粛
・輸入検査の遅延や突然の規制運用変更
・公共入札から日系排除
・レアアース輸出管理の強化
いずれも「合法を装った圧力」であり、日本側は反論しにくい。中国の狙いは日本経済の破壊ではなく、「日本国内の空気を変えること」。財界を震え上がらせ、官僚に冷や汗をかかせ、自民党主流派に「この政権は危ない」と悟らせる。つまり外から殴るのではなく、内側から崩す。
高市が降りなければ「中国が降ろしに来る」。爆撃機ではなく、経済レバーで。まったく音を立てず、しかし確実に効かせてくる。
● 日本だけが外交を「嫌いだから罵倒する」でやっている
中国には「跟人过不去,也不要跟钱过不去」――人と揉めても金とは揉めるな、という徹底した現実主義がある。ASEAN諸国も同じだ。好き嫌いは別にして、喧嘩で自国の利益を削るような真似はしない。
しかし日本だけが、世界で唯一「嫌いだから罵倒する」幼稚な政治を続けている。上司が嫌いでも仕事中は笑顔で「はい、承知しました」と言うのが大人の社会だ。外交はそれ以上に計算が要る。嫌いなら居酒屋で罵倒すればよい。しかし日本は勤務中に上司へ怒鳴り散らすサラリーマンのように「本気でぶつかり」、翌日にはデスクが消えている。
主権在民とは責任在民でもある。無責任な民が無責任な政治を生む。日本は今、その典型例である。
● 渡航自粛による「観光崩落」――量を失えば質は絶対に生まれない
中国政府が日本への渡航自粛を勧告した。これはペルソナ・ノン・グラータに近い外交シグナルだが、日本では「量から質へ転換のチャンス!」という呑気な声まで出ている。しかし外圧は破壊要因であり、創造要因ではない。
観光業の身体構造は量販モデルで出来上がっている。
・低賃金
・団体処理
・狭い客室
・言語能力不足
・教育投資の欠如
ここからハイエンドに転換するには莫大な「人・時間・資本」が必要だが、日本には体力がない。量が減ると投資余力が消え、サービスが劣化し、さらに中価格帯客も離脱する。量販モデルから高付加価値モデルに自然移行する市場など存在しない。中国人観光客の半減で5000億円、完全停止で1兆円吹き飛ぶ。北海道・九州は重症。鹿を蹴る中国人は減るが、奈良のせんべいも売れなくなる。
高市の国内演劇の一言は、観光産業崩落の引き金である。
● 靖国電撃参拝説――序盤で末期症状の政権
台湾発言で自ら退路を断った高市は、国内支持率バブルを維持するために靖国へ向かう可能性が報じられている。12月26日という安倍晋三参拝日に合わせ、亡霊を政治資本として再利用する構図は、もはや政権運営ではなく延命ドーピングだ。
さらに皮肉なことに、中国はこの展開を最も歓迎している。高市が暴れるほど日本国内は分裂し、沖縄世論は揺れ、経団連は怯え、アメリカは扱いづらくなる。すべて中国にとってコストゼロの対日弱体化プロセスである。
週刊誌がこれを煽るのも、高市持ち上げの体裁を装いながら実質「褒め殺し」で政権崩壊へ誘導しているからだ。台湾発言で退路を失った高市をさらに刺激し、暴走の責任を本人に背負わせ、党内孤立を作る――高市下ろしへの露骨な誘導だ。
● 戦略とは「やること」ではなく「やらないこと」を決めること
台湾問題は演劇を許さない領域である。高市政権は、危険度10の火薬庫に国内向けの右派パフォーマンスで足を踏み入れ、日本の国益を危険に晒した。
中国が今回選んだのは、「何かをする」ではなく「何もしない」という反撃である。日本は騒ぎ、中国は静かに椅子から立ち上がらない。買わない、売らない、来ない、歓迎しない、手続きを急がない――そのすべてが「非行動」である。だが、非行動こそ戦略の王道だ。外交コストはほぼゼロ、効果は最大。音も立てず、しかし確実に日本側の産業と空気を圧迫する。殴らずに相手が倒れる構造を読み切った時、行動する必要などない。成熟国家は、動かずに動かす。
ビジネススクールで教える戦略の第一原則は、「やることではなく、やらないことから決めよ」である。限られた資源の中で最も効率的な経営を行うには、「捨てる」判断こそが核になる。
今回の中国の姿勢は、まさにそれだ。非行動を選び、余計なコストを払わず、相手の内部構造だけを静かに崩す。これは企業経営にそのまま適用できる高度なレバレッジ戦略であり、国際政治でも同じロジックが通用する。逆に日本は、「やらなくていいことをやる」「触れてはならない地雷を踏みにいく」という真逆の動きをしている。国家運営と企業経営が乖離しているのではなく、思考そのものが未成熟なのである。
外交において「非行動の戦略」を採用できる国は限られている。資源、国力、余裕、そして相手の依存構造――そのすべてを理解している国家だけが、動かずに勝てる。
いま中国がやっているのは、まさにその型である。一方日本は、気分と勢いで自傷行為に走り、内部から崩れていく。日本は騒ぎ、中国は静かに椅子に座ったまま効果を出す。この非対称が理解できない限り、日本はこれからも「やらなくていいことをやる」「言わなくていいことを言う」ことで自らを傷つけ続けるだろう。





