サイゴン陥落に何を学ぶか、甘えと他者依存の心で滅びる

 仕事の合間を縫って3日がかりで、近藤紘一氏の「サイゴンのいちばん長い日」を読み終えた。ベトナム共和国(南ベトナム)の崩壊、サイゴン陥落前後の戦争ルポタージュというつもりで読んでみたが、意外にも異なる景色を見せつけられた。、

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 南北ベトナムの戦争は常に、反共産主義陣営と共産主義陣営の戦いとされ続けてきた。しかしながら、強大なアメリカを後ろ盾とした南ベトナムはなぜあれだけ素っ気なく惨敗を喫したのか。1975年4月、北ベトナム軍が一気に南下し破竹の勢いでサイゴン郊外まで迫ってきたところ、南ベトナム政府はようやくトップ交代に踏み切り、ひたすら北へ停戦交渉を求め続け、最後に連合政府の樹立まで哀願する物乞い同然だった。ここまでくれば北は当然応じるはずがない。すでに強弱関係が逆転した構図が鮮明になった。

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 南と北のこの強弱関係の逆転は、むしろ早い段階ですでに決定的なものになっていた。近藤紘一氏は著書の結びにこう総括した。

 「戦争中、中国やソ連の実戦部隊がベトナムの地に足を踏み入れなかったのに対し、アメリカは最盛時五十数万人の将兵をベトナムに送った。南はこの世界最強国の各種支援に甘え、自らは何一つ犠牲にしようとしなかった。・・・総じていえば南全体が主体的犠牲を支払うことを拒否した以上、共産化は彼ら自身が招いた結果といっていいのではないか」

 甘え、他者依存の心。リスクを恐れ、犠牲を嫌い、自ら自身の弱体化を進め、滅びてゆく。このメカニズムは過去にも現在にも将来にも通じ、国にも企業にも個人にも通じる。賢者は歴史に学ぶ。日本人はサイゴン陥落に学べるものは何であろう。

コメント: サイゴン陥落に何を学ぶか、甘えと他者依存の心で滅びる

  1. まあ北ベトナム側もソ連や共産支那から陸続きで莫大な軍事援助を受けていたんですけどね。
    アメリカは国内の反戦運動によりベトナム問題には関わりたくない⇒南ベトナム支援を止めて見捨てると選択。
    一方、北ベトナムについては当事者たる彼ら自信も、支援国たるソ連や支那も、ともに一党独裁国家なので、南みたいに支援国から見捨てられる事はなかったというだけでしょ。
    サイゴン陥落については、これ誰も書かないけれど、あえて書かせていただければ、アメリカ民主党の無責任さ。
    民主党はジョンソン政権時代に、自分らでベトナムに軍事介入を始めて戦火を拡大しておいて、選挙に負けて政権を共和党のニクソンに奪われたら、今度はベトナム問題なんか知らんと言わんばかりの態度で、南ベトナム支援を議会で否決。
    おかげで当時の共和党政権は「アメリカが同盟国を簡単に見捨てたら威信も何もなくなる」と考えて、ベトナム化政策を推進してきたのが全て無に。
    ニクソン後のフォード率いる共和党政権から見たら「民主党のやつら、ベトナム問題という置土産を俺達に残しておいて、後は知りませんで見捨てるのかよ。ふざけるな!」と思ったでしょうね。

  2. 南ベトナムは汚職まみれだったという話ですので、国民の支持が得られなかっただけでしょう。甘えとは違うと思います。そうしてみると、国民党が共産党に負けた図と非常に似ていますね。

    つまり弱者をないがしろにした国の末路がそこにはあったわけです。強者のおごりが国を国と党を滅ぼし、共産政権の樹立をもたらしたと言えます。おごれる者久しからず・・・。

    1.  近藤氏は砲火の下で陥落を目撃しつつ、300ページほどの戦地ルポで作り上げた文脈で、また開高健氏の「ベトナム戦記」も異なる表現で裏付けています。一度原作の文脈を精読されてみてはいかがでしょうか。いろんな側面はあるとは思いますが・・・。

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