悪貨は良貨を駆逐する、メディア批判よりもまず自助努力

 メディア批判もいいが、その根底にあるのは国民(読者・視聴者)の未熟にほかならない。

 デタラメ記事に読み手がついているから、デタラメ記事が消えないわけだ。需要があっての供給、非常に単純明快な仕組みだ。国民の成熟度が向上すれば、デタラメ記事も売れなくなる。記事が売れなくなると、スポンサーもつかなくなる。そのままいくと、メディアは潰れるから、もっとマシな記事を書かねばならなくなる。

 トランプ大統領はメディアを厳しく非難し、「フェイクニュース」と酷評している。批判には、必ず行動が伴う。トランプ氏はメディアに頼らず、ツイッター発信に徹している。誤報を批判するなら、「自報」すればいい。情報の受け手も然り。なるべく一次情報源にアプローチしたり、複数のソースから情報を取ったり、自己啓発に徹して弁別力と思考力を鍛えたり、いくらでも自助努力の余地がある。

「悪貨は良貨を駆逐する」の世界になってはいけない。ならば、まず良貨を識別する力を持つことだろう。

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