悪魔の宿る人生、鬼才ヴァイオリン奏者パガニーニ物語

 ヴィオラ独奏を伴う交響曲は珍しい。9月29日コンサートのメインは、ベルリオーズの『イタリアのハロルド』。とても興味があった。上演前の指揮者対談、ジャック・バン・スティーン氏 vs 古澤直久氏、これもまた興味深いものだった。

 あの鬼才ヴァイオリン奏者パガニーニが入手したストラティバリウスのヴィオラのために、1833年ベルリオーズに作曲を委嘱したものだった。しかし、出来上がった『イタリアのハロルド』にはヴィオラ独奏の出番が少なく、パガニーニはひどく失望したという(後年評価を改めたが)。まあ、言ってみれば、そもそもヴィオラ協奏曲ではない。ただ、この交響曲はヴィオラという独奏楽器に演劇的な機能を与えたことで、革新的であったといえよう。

 革新的といえば、私の興味は実はベルリオーズの『イタリアのハロルド』よりもパガニーニ、彼の革新的なヴァイオリン奏法と悪魔的な人生にあった。

 観客の感情を完全に操る演奏家の心に悪魔が宿る。あるいは心を悪魔に売ったとでもいえる。「悪魔」とは、内に潜んでいるか、追随する魂または特殊な才能、超人間的な行為であるという解釈には納得する。いや、もはや技能を超越した次元に存在するものである。

 パガニーニはイタリア・ジェノヴァの貧しい家庭に生まれ、賭博好きの父親がわが子の才能に気付き、それでひと財産を築こうと地獄のヴァイオリン勉強を押し付け、1日十数時間の猛練習をしないと食事も与えないほどだった。ついにパガニーニは親の期待をはるかに超える存在になった。

 独自のヴァイオリン奏法で観客を熱狂させ、パリやロンドン公演で莫大な財産を手に入れる。彼はそれまでのどの演奏家よりも最高の名誉や栄光、そして財を得たが、それと同じくらい不幸にも遭遇した。慢性的病や孤独、見えない傷などの苦しみに生涯悩まされた。

 パガニーニは57年間の生涯で果たして何を成し遂げたのだろう。自分の才能を生かし、勤勉を超越した努力、知性と情熱に満ちた奮闘でついに頂点に上り詰める。彼は独創的なヴァイオリン奏法を創り出し、ロマン派巨匠の時代を生み、西洋音楽史に自分の輝かしい1ページを残した。しかしながら、親譲りの金銭への執着に加え、成功や女性に強欲になりすべてが戦いと化し、病弱な彼はその戦いで疲弊化した。

 彼は数多くの聴衆の心を捉えつつも、またその傲慢さや横柄さで世間から嫉妬や罵りをも買った。彼は権力に近付きながらも、権力者に媚びることなく敬意すら払おうとしなかった。パガニーニはそうした「世論」に対し無関心を装い、創作活動に励み、「悪魔の宿る」伝説を創り上げ、また自身もその伝説を利用した。いわゆる情報操作や世論操作に熱心な彼は、悪魔と共生しながら、世界を変えたのだ。

 パガニーニの生涯を見て、善や悪、美や醜の定義を超えたものを感じずにいられない。悪魔が生み出した美しい旋律。「美」は、決して「悪」で「醜」にならない。

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