「考える力」よりも「従う本能」、愚民化進む日本の姿

 資料を整理すると、少し前の香港「信報」のコラムが出てきた。その一節を抄訳する――。

 「日本人の若者は、すぐに諦め、投げ出す。最近、多くの日本人は、ものを思考し、主体的に働きかける力を失った。学習でも、『楽な』学習に熱中し、内容が簡単で、分かりやすい、深く考えずに済む書籍を好む。これは、日本人の読解力の衰退を招致する原因である」

 「日本では、お笑い番組をはじめとする民放娯楽番組が人気で、視聴率が高い。日本人視聴者は、知らずに、思考力を奪われていく。頭でものを考えなくなる。『納豆でダイエットできる』やら『朝バナナを食べるとやせる』といったTV番組を見ると、理由も何も考えずに、一斉に真似する」

 合点。思わず膝を打つ。

 日本出張中に、ホテルでテレビを見ていると、番組の平均レベルの低さに驚く。何と言うだろう。ざっと見て面白いものもあるが、見たあと吟味してみて、自分自身のなかに何かが残ったかというと、何もない。お笑いならエンタテイメント、それでいいのかもしれないが、少し真面目な番組でも、キャスターやコメンテーターたちの不勉強ぶりに絶句する。

 人間はついつい楽な方へいく動物である。低俗までいかなくとも視聴者の単なる好奇心を誘う低レベルの番組を、よくもこれだけ作り、公衆の電波を無駄にするものだと感じずにいられない。先進諸国から見ると、日本だけではないかと思う。平均的に格調が低い。勉強にならない。このような番組が氾濫している。日本のテレビ局はそれほどレベルが低いとは私は思わない。視聴者に迎合する。何よりも視聴率至上主義のビジネスモデルは、愚民行為への加担である。

 日本政府の愚民化政策は歴史が長い。戦後の歴史は、いわゆる優秀な官僚に国政運営を任せる歴史である。やがて、日本人の論理的思考力が衰退していく。国民の思想総奴隷化戦略が着々と進められてきた。政治家もマスメディア同様、有権者に迎合する。選挙の街頭演説を聴いていると、美麗字句を並べるだけで実現させる手立てはまったく見えない。

 日本人は洗脳され、「考える力」よりも「従う本能」が見事に育てられた。「正解は1つ」という正解暗記式教育の罪は深い。論理的な思考、ロジカルシンキングとは、何事も「こうなっているのだ」という結果の受け入れではなく、「なぜこうなっているのか」を考えることである。「なぜ」「なぜ」「なぜ」と、3回から5回問い続けることである。

 日本人は優秀な国民だ。世界に誇る技術、品質と文化を創り出した。しかし、日本の教育やメディアは三流以下である。日本国民が苦労して作り出した価値が容赦なく一部の既得権益層に吸い取られている。にもかかわらず、日本人はよくもひたすら忍耐している。

 戦後の日本では、いわゆる「3S政策」(Screen スクリーン=映画鑑賞、Sport スポーツ=プロスポーツ観戦、Sex セックス=性産業)という愚民政策を用いて大衆の関心を政治に向けさせないようにしてきたといわれている。定かな説ではないが、結果的に奏功したといえる。

 「学習でも、『楽な』学習に熱中し、内容が簡単で、分かりやすい、深く考えずに済む書籍を好む」。これは事実そのままである。「この一冊を読めばすべてが分かる」「漫画で読む分かりやすい○○××」類の本が氾濫し、思考力や洞察力を身につける「Know-Why」型本よりも、実務指導の「Know-How」型本が売れる。言ったらキリがない。

 先日、某社会科学系の学会に出たら、某大学の教授が「日本企業の組織文化を海外現地法人に浸透させるための研究」を発表したのをみて、絶句した。日本企業がいつの間にか布教する宗教組織になったのだろうか。目的と手段の倒錯がいよいよクレイジーの段階に至っている。しかも、学問の世界で……。こういう国は衰退しないほうがおかしい。

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