本日も晴天なり、日本人は世界で騙され続けている

 本日、某日本人青年経営者J氏が来宅した。誠実そうな好青年。「マレーシア人の共同経営者に騙され、お金を横領された。相談に乗ってください」という前日の緊急コールを受け、来てもらった。

 私は企業向けの経営コンサルタントであり、個人案件を受けていないが、友人ベースで中小・零細企業の経営者だけ、時間がある限り、ボランティアで相談に応じている。J氏の状況は概ね以下の通りだ(【問題】は立花のコメント)――。

 某マレー人、しかもダドゥ称号をもつ社会的地位の高いマレー人M氏に、クアラルンプールでの日本料理店の出店話を持ちかけられ、J氏は応じた。事業はJ氏とM氏の50%ずつの折半出資で、J氏は相当額の金を送金したものの、結果的にM氏は出資分の払い込みがあったかどうか今確認できていないし、M氏はその話を濁している。

 【問題 1】 平均的な日本人の「初期設定」が世界モードとミスマッチを起こしている。「信用」とは、一方的な気持ちや期待ではなく、「裏切られないように手を打ってある」、あるいは「裏切られても損切りができ、再起可能である」といった前提があってこそのものである。これらのリスク対策どころか、事業として初歩的調査も基本知識もないままスタートを切られた時点で、むしろ失敗の運命がもう決まっていた。

 【問題 2】 事業立ち上げに当たっての基本的構造設計(マスタープラン)がなく、主導権を握ることも過程に関わることもなく、すべて相手任せになっていた。この作業には知識が必要だ。知識については自分の徹底した勉強(内部完結)、あるいは専門家への依頼(外部完結)、あるいは内外並行といった義務を怠っており、「事業相手への信頼」という根拠なき美名によって自己正当化し、怠惰性による侵食(がん細胞の誕生と拡散)を容認した。

 【問題 3】 具体的なプロセスとして、以下のポイントがほぼすべて欠落していた。
 ① 事業形態と必要条件の確認(外資企業か、合弁企業か、内資企業か)
 ② 事業の行政許認可と必要条件の確認(特に外食産業の場合)
 ③ 内資企業の場合、マレーシア人の名義貸しにあたってのリスク評価とリスク回避策の確認・実施(例:信託契約の締結など)
 ④ 事業合弁・提携の包括的合意書の締結と公証手続の実施
 ⑤ 出資分の払い込み方法(上記④に内包されてもよし)についての合意と第三者による出資金監査(会計士監査など)
 ⑥ 事業計画書と特定条件の合意(内装工事や設備・備品購入予算の編成、人事配置・賃金予算、外国人労働ビザの取得、仕入れ体制、マーケティング・販売戦略……などもこれに内包される)
 ⑦ 不正防止や健全な財務性の担保としての会計・監査体制の確立……などなど。

 開店前の店舗内装工事は、数千万円かかったというが、ウェブサイトの写真を見る限り、マレーシアの現地相場なら500万円もかからないほど非常に簡素な内装だった。この点について、J氏も怪しいという認識をもっており、内装工事の明細の開示を求めたものの、未だにM氏は応じていない。

 【問題 4】 この点については、上記【問題 3-⑥】の事業計画と合意の欠如に起因する。内装工事だけでも細分化することができる――。① 内装工事予算総額、② 工事請負業者の選定(複数業者の相見積もり)、③ 工事明細費用合理性の査定、④ 工事監督と検収……などが含まれるが、J氏側はその関与を怠っていた。さらに今になって、法的出資者や株主としての地位すら確定されていない上、財務資料の開示を求めても相手にされないだろう。

 最近スタッフ給料の遅配が目立ち、店員たちから苦情が出たため、J氏は銀行に会社口座明細の開示を求めたところ、なんと残高がわずか数千円しか残っていなかったことが判明。銀行口座については、J氏とM氏のいずれかのサインで動かせるようになっている。店の経営は非常に好調。開業して当初の数か月に数千万円を売り上げていたものの、口座を見ると、頻繁に出金があり、売上入金が入ればすぐに引き出されていた。引き出された現金の用途も不明。M氏は適当に誤魔化して説明になっていない。

 【問題 5】 これは、上記【問題 3-⑦】の基本的財務制度が確立されていないことに起因する。財務に関して基本的に「使い方」と「チェックの仕方」。現状としては、予算も、出納も、経理も、監査もすべてM氏の1人が仕切っている。これでは不正が出ないほうがおかしいくらいだ。

 M氏がJ氏の労働ビザを取得することを約束しながらも、当局に調べたらJ氏名義のビザ申請記録が残っていないという。つまり、いままでJ氏の不法就労が既成事実化されていた。最近、J氏が経営問題を指摘すると、「あなたは不法就労で逮捕・強制送還されたら二度とマレーシアに戻れないぞ」とM氏に脅かされ、恐怖を覚えた。国外退去処分のことについてマレーシアの現地弁護士に確認しても、あり得るとのことだった。

 【問題 6】 とんでもない話だ。まず、J氏自身の問題。常識として外国人の不法就労問題くらいはそれなりの基本知識をもっていたはずだろうが、法的リスクを無視したツケが回ってきたと言える。次に、不法就労という既成事実を作り上げたM氏について、2つの問題を抱えている。1つは、労働ビザの申請を怠っていたという「意図的な不作為」と、もう1つは、就労資格のないことを知った上でJ氏を働かせたという「故意の作為」。雇用者としてのMはこの2つのことだけでも、無罪・無傷ではいられないだろう。J氏が相談した弁護士からは、「労働者の国外退去処分」を確認されたものの、「雇用者も処罰される」ということを告知されなかった。後者は非常に重要であり、使い方によってはM氏への対抗手段となり得るからだ。弁護士は無料相談である以上、そこまで教える義務はない(タダで教えないのも当然)ので、J氏は文句を言えない。

 今後の方向性として、M氏はJ氏に「あなたの出資分を返してやってもいい、今後、店は俺1人でやる」と言いだした。ドル箱の店を独占したいわけだ。ただし、投資分の返却について口頭だけで書類もなければ、承諾の署名もない。

 【問題 7】 現状を見る限り、J氏はM氏に対抗し得る有力な材料をほとんどもっていない以上、M氏は出資分を返還してくれるかどうかは、彼の良心と任意性にかかっている。J氏には主導権がない。交渉のテーブルで優位性を発揮し、対抗し得る「有力な材料」を作らなくてはいけないのだが、いまのJ氏はそれなりの胆力も能力も持ち合わせていないように思える。ただただ、国外退去のリスクに怯えているだけ。非常に残念なことだ。

 店についても、会社の登記があるものの、出資者の登記はどうなっているか不明である。また、飲食店の経営ランセンスがないとの可能性も最近判明したが、いずれも事実の確認ができていない。弁護士等専門家の相談は、複数行っているが、いずれも「初回無料相談」を利用しており、本格的な助言の提供に至っていない。

 【問題 8】 会社や株主の登記は、法的ステータス(権利の担保)を確立するうえで欠かせない要件だが、ほとんど欠落していたところ、J氏は法律の保護を失った。情報、特に法律の専門情報はタダではない。最悪な状況になってはじめて弁護士事務所に駆け込む。しかも、転々と「無料相談」で乗り切ろうとした。知人で有能なマレーシア人弁護士を紹介しようと私が切り出したが、有料と聞いた途端にJ氏は尻込みする姿勢を見せる。優秀な弁護士は、無料対応などしない。これでは、私としても紹介できない。

 店の経営について、J氏は独自の仕入れルート(日本)とノウハウを有していることを強みとし、M氏が店を独自経営しても続かないと判断している。日本の高い品質をマレーシアに伝えたく、J氏の熱意は衰えておらず、できれば継続経営したいと希望している。

 【問題 9】 いつまで「上から目線」を持ち続けるのだろうか、日本人って。今の世界で、日本人がもっている独自のもの、唯一無二で複製できないもの、取って代わられないものは、もうそれほど多くない。外食産業で言うなら、外国人が切り盛りしている日本料理店で日本人同様、あるいはそれ以上の品質を出している店も多いし、またそれが増えている。こうした事実に目を覆い、日本人のいわゆる高品質やブランド力に酔い痴れ、時代遅れの神話をいつまでも妄信し自己欺瞞する姿勢は実に痛々しい。

 【問題 10】 J氏のような失敗談は、私は何百件も知っている。その中身は、驚くほど酷似している。「日本人は海外で騙される」という「騙されブランド」は昔から世界中に定着しており、何十年経っても失敗の本質は変わらないし、「騙されブランド力」は一向に衰える気配を見せない。しかも、J氏のような零細企業経営者だけではない。大手企業も形態こそ異なるものの、同じような失敗を繰り返してきた。同じように騙されてきた。大手企業だけに損害規模も大きい。数十億円や数百億円の規模で金をドブに捨ててきた。

 最後に、私がJ氏に助言した。「あなたは、もう日本に帰った方がいい。自分のためにも、他の日本人のためにもです」。「騙されブランド」を少しでも弱化するためには、とにかく騙される日本人や日本企業を、1人でも1社でも減らすことだ。とは言っても、今日もアジアや世界のどこかで、世界に「良き日本を伝えよう」とする意気軒昂たる日本人が騙され続けている。

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