私はこうして会社を辞めました(14)―シングリッシュの世界

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(敬称略)

 香港での用事を済ませ、私と池山がそれぞれ上海と北京に赴任した。

 北京に到着した池山は、まず北京ヒルトンにしばらく泊まることになった。私の場合は、上海クラウン・プラザが仮住まいと指定されていた。94年当時の上海は、外国人が住めるマンションは極めて少なく、完全売り手市場だった。適切な住まいが見付かるまで、ホテル住まいが普通だった。

 ホテル生活は数日ならともかく、長くなると相当辛い。食事は、毎回毎回レストランに行かないとダメだし、「Don’t Disturb」のカードを出し忘れて土日寝坊すると、清掃係のチャーム鳴らしで起こされてしまう。

2183094年7月、着任した当時の上海外灘、後方の四角い高いビルは今完全無名になった聯誼大厦

 ロイター上海の事務所は、当時虹橋の協泰中心という高層ビルの中にあった。駐在員事務所で、首席代表がダニエル・ラム(仮名)というシンガポール人、私の直属上司になる。同僚は、香港人2名、男性のハーディー・チェン(仮名)が欧米企業とメジャー中国企業を担当し、女性のフェンディー・リャン(仮名)がマーケティングを担当するほか、中国人担当が2名、秘書1名、運転手1名という小さな所帯だった。

 出勤の初日、ダニエルに呼ばれて、事務所向かい側のウェスティン上海(当時)内の日本料理店「稲菊」でランチを一緒にとることになった。ダニエルは、北京語と英語をミックスして話しをする。

 「Tachibana-San、あなたは営業出身じゃなかったね。ピーターソンが一押しで採用したけど、あなたなりのパフォーマンスを期待しているよ。My Way、私のビジネスのやり方ね、ずばり、ショー・ミー・ザ・マネー(Show me the money)、アンダースタンド?分かる?マネーを見せろってこと、つまり、売り上げがすべてです。ノーマネー・ノージョブ(No money, no job)、私が相当ドライな人ですよ。それから、日系市場、ジャパンニーズ・マーケット・イズ・ベリー・ベリー・タフ、難しいよ。その辺覚悟しておいた方が良いよ、○○△△・・・」

 私が聞き入っていると、箸が止まったのを見て、ダニエルが笑顔を浮かべて、「さあ、召し上がれ。ほらほら、天ぷら冷めたじゃないの!私ね、日本料理大好き。ジャパニーズフード・イズ・ナンバーワン、ヘルシー、ビューティフル、グッドテイスト、特に私は、トロが好き。アイ・ライブ・トロ、○○△△・・・」

 ダニエルは、50代後半、華僑系でルーツは海南島出身、非常に紳士的なシンガポール人。北京語(マンダリン)はあまり得意ではなく、会議になると、英語交じりになったりする。英語と言っても、シンガポール訛りが非常にきつい。つまり、Singaporian(シンガポーリアン)+English(イングリッシュ)=Singlish(シングリッシュ)

 シングリッシュは、非常に面白い、ロイターに多くのシンガポール人やマレーシア人がいて、おかげで在職中、私もずいぶんそのシングリッシュを身に着けた。

 シングリッシュの特徴その1、中国語の影響で、文の語尾に必ず強調語の「ラ」(中国語の「啦」)、疑問文なら「メイ」(中国語の「没」)を付ける。日本語でいう「~だよ」、「~か?」のようなニュアンス。

 シングリッシュの特徴その2、主語やbe動詞を省略する。

 シングリッシュの特徴その3、過去現在未来形の語尾変化がなく、現在形に統一されている。

 シングリッシュの特徴その4、単語と単語の間の空間をなくしたり、単語の最終子音を発音しなかったりする。たとえば、「ポップコーン」が「ポッコン」になる。

 シングリッシュの特徴その5、「Th」の発音が「T」と同じになる。「Thank you」(サンキュー)が「Tank you」(タンキュー)になる。

 シングリッシュの特徴その6、強調のために英単語も中国語と同じように繰り返す。たとえば、「Can Can」、「大丈夫」の連発。

 シングリッシュの特徴その7、英語の文法を完全無視する。

 例を挙げよう。

 シンガポール人A、「Long time no see you. You OK?」 (お久しぶり、元気?)
 シンガポール人B、「OK lah. You already eat lunch meh?Let’s go lunch lah」 (元気だよ。昼食べた?一緒に食べに行こうよ)
 シンガポール人A、「Not yet lah. But, Today office is busy lah. Next time go lah.」 (まだだけど、今日、会社忙しいから、次にしようよ)
 シンガポール人B、「Tomorrow lunch can?」 (じゃ、明日昼は大丈夫?)
 シンガポール人A、「Can, Can. See you tomorrow lah.」 (大丈夫、大丈夫、じゃ、また明日ね)

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