私はこうして会社を辞めました(16)―和紙戦略

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(敬称略)

 「立花さん、日本の文化の中でも、もっとも素晴らしいものを一つ紹介してください」。ロイターでよく外国人に言われた。

 日本の文化を発信する。日本人としてのアイデンティティーを誇りに外国の人々にプレゼンテーションする。やってみると、実は大変難しい。その場では、相手が「うん、うん」と頷いてくれるが、なかなか身につかない。せっかく紹介したものを、一過性で終わってしまうのがもったいないし、こちらとしても努力の意味を見出せない。

 毎日触れること、毎日身近にある日本の文化を外国人に推奨する。私は、外国人の日常の生活にも密着可能な日本文化の素材を探しはじめた。その一つは、和紙であった。

 私が大学で建築を勉強した。建築という学問は幅広い。建物を作るのが、たったその一分野に過ぎない。街づくりから家づくりまですべて建築の範疇である。日本の大学では、建築学といえば理工学部だが、欧米では芸術学部に収めているところも少なくない。建築を分類すると、空間デザインという分野があり、さらにそれを細分すると、空間を構成する素材というところにまでたどり着く。

21910 今の我が家でも、和紙のライトオブジェを照明として使っている

 外国人に「和」を感じてもらうには、暮らしの空間に和紙という素材を取り入れるのが手っ取り早い。日本人は「心」で「和」を感知するが、外国人は「和の心」を持たない以上、「モノ」を介在して「視覚」で感知するしかない。

 「ジャパニーズ・ホーム・ライトオブジェ」(和風家庭照明)

 和紙一枚でも簡単にライトオブジェを作ることができるのだ。手軽さが一番。私が日本で買ってきた和紙を外国人にプレゼントしたこともある。中国では製作コストが安く、職人の手先が器用なので、指示通りに色々なオリジナル物を作ってくれる。一番簡単なオブジェは、竜骨の上に和紙を丸めてかぶらせるだけで出来上がるシンプルなもので、いま、上海の我が家でも使っている。ただ、電球が熱を発するので、和紙の裏に特殊なコーティング加工が必要だ。防炎のほか、退色防止、汚れ防止、撥水、表面強度の強化などの効果がある。

 中国にある欧米人の住宅に、チャイナチックな家具や調度品でデコレーションされているところが多い。しかし、中華風の真っ赤かな提灯を入れると、落ち着きを失ってしまう。そこで、和紙で作られたライトオブジェは、最高にマッチし、見事に「ZEN」(禅)の世界を演出する。

 「日本の文化は、ファジイの文化だ。ファジイとは、境界がはっきりしないで、心で感知するものだ。禅も心で感知するものだ。日本人の光に対する美的感覚で、日本文化のファジイさを知ることができる。和紙一枚で出来上がるライトは、電球の存在に対する意識が見事に抹殺され、そのかわりに空間に充満するあの朦朧としたライトを見つめていると、何かを感じないか?その光は空間に充満している。あなたは、その光を抱擁したくなる。気が付いたら、あなたはその光に抱擁されている。光、空間、そして人間が溶け合う。それは、和の文化なのだ」

 私は、自分流の説明が得意である。お酒が少し入ると、なお思考が活躍し、つたない英語も不思議に流暢になったりする。

 「ああ、分かった。ロイターという会社は、電球だ。立花さんが和紙となって、光をファジイにして、日系企業顧客が受け入れやすい形に変えるということだね」、上司の上司の欧米人が悟ったようだ。

 「エクセレント・オピニオン!エクセレント・コンクルージョン!」、素晴らしい総括と上司の上司を褒めながら、私が調子に乗る、「私が和紙?なら、ロイターは発電所ですよ。発電所と比べられませんが、和紙は電球よりは高価ですよ。しかも燃えやすいので、防炎コーティングも必要ですよ」

 「なるほど、じゃ、このお酒は、防炎コーティングですね」、外人も調子に乗る。いかにも欧米式の会話が良い具合に進んでいる。

 「またまたのエクセレント・コンクルージョン!日本では、良いコミュニケーションのことを、飲みニケーションと言います。酒は潤滑剤です。これもコストがかかりますよ」と、私がさらに調子に乗る。

 「はっはっ、今度、接待費枠の増額要求か?」と、外人が私の肩を叩いて、笑いをこらえられなくなる。
・・・

 ということで、「和紙戦略」で、私がロイターでのサラリーマン生活が一歩を踏み出した。

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