コロナ後のサービス業は元通りに戻らないワケ

 コロナ以降の我が家の家計簿。支出構成に大きな変化があったのは、第三次産業系の支出が減ったことだ。とりわけ旅行関係の交通費や宿泊費を別として、食に関してもその現象が顕著だ。

 レストランでの外食が減っただけではない。内食の食材にあたって、スーパーをはじめとする大店舗の利用が減り、農業(農園・農家)や漁業、牧畜業、卸売業者からの調達が増え、流通サプライチェーンの上流・中流(川上方向)へ移動していることがわかる。言い換えれば、中間業者の排除にほかならない。

 当然ながら、家庭の調達コストが削減することは言うまでもない。たとえば、イベリコ豚肉の輸入業者を突き止めたところで、なんと一般豚肉の値段でイベリコを食べられるようになったし、スーパーでは入手すら難しいサバ州に水揚げされた超特大サイズのタイガー海老を自宅でバーベキューできるようになった。野菜だって、キャメロンハイランドからの直送……。

 強く意識させられた(身近に感じた)のは、第一次産業の存在である。第三次産業といえば、ITプラットフォーム以外に、物流のみがインパクトを強めている。しかも、マレーシアの場合、グラブという個人配達者がメインである。特にサービス系の大手企業の影がだいぶ薄くなった。

 最近、ロックダウンの再来を受け、居住している団地コミュニティ内の「草の根取引」が急増している。住民経由(たとえば、実家の農園とか)で各種の食材を川上から調達できるようになっただけでなく、クッキングを得意とする住民が自ら調理した手料理を団地内に配達をも始めた(もちろん配達業者すら不要だ)。まるでリアル社会のブロックチェーンのようだ。

 第三次産業の拡大は、中間業者によるいわゆる付加価値の積み上げによって実現したが、今はその逆行が始まったわけだ。売る側と買う側にそれぞれ直接取引する意思さえあれば、取引が問題なく実現できる社会であるから。

 コロナが終わったら、じゃこのやり方をやめて、元通りに戻ろうかと。そういわれても、一度味を占めた人間はそう簡単にメリットを放棄するわけにはいかない。その結果は、第三次産業の委縮にほかならない。肥大化し過ぎた産業のダウンサイジングといったほうが適切だろう。

 だから、コロナが終息しても、すべてが昨日に戻るという結果にはならない。それが何も食分野に限った話ではない。このような構造的な変化がすでに生じつつある。さらに財政的な疲弊化も無視できない。コロナによる収入減や失業などが確実に消費意欲を削ぎ、消費力を低下させる。

 変化は量と質の両面から来ている。こういった動的要素を織り込まずに「昨日」「明日」に重ね合わせると、やけどするだろう。

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