私はこうして会社を辞めました(55)―行き詰まる転職活動

<前回>
(敬称略)

 「心得十か条の質問書」という社長直訴書状に添えられた退職届は、一応形上の解決済みとして、撤回の処理となった。しかし、根本的な問題は解決されないまま、先送りにされただけだった。

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 その後、私の身体に異変が生じた。通勤電車に乗ると、吐き気や目眩がして、会社の入り口をくぐるのが苦痛でしかたなかった。不眠が続き、悪い夢も見た。時に、パソコンの画面を見つめては違う画像が見えてきたりもした。

 古田部長がルールを決める権力を持っている以上、私がいくら戦っても勝ち目がない。どんな手強い競合他社からでも顧客を取る自信があっても、社内となれば私の無力さが無残に露呈する。

 残される選択肢は、会社を辞めるしかない。

 人材会社数社に登録し、転職先の斡旋を依頼した。もちろん、海外勤務希望だった。さっそく、ロイターの某競合社への就職の勧誘があった。私は、考えもせずにすぐにそれを断った。今まで自分が顧客に対するコミットメントを捨て、今までの自分の立場を一変させ、平気な顔で競合社の商品を顧客に売り込む、そんな屈辱なことはとてもできない。それなら死んだ方がましだ。私は、決してロイターという会社を裏切ることはできない。私は今でもロイターを愛し、決して立場を変えることはない。

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 次の2週間にいくつか転職先の紹介が舞い込んだ。

 米国系大手メーカーG社の中国国内営業マネージャー。嘱託として1年契約の3回更新後、総合評価しての正社員転用。主旨は、明白だ。営業実績が上がらなければ、短期間で解雇。3年で市場を打開すれば、状況次第で正社員転用か使い捨てかだ。私はメーカーに合わないし、G社の賃金も準現地採用待遇で、家族を養うには無理がある。G社は無理だ。

 上海の某外資系Mホテルの日本顧客マネージャー。待遇はまずまずだが、ホテルの中の住居となるため、家族帯同は難しいし、私の経歴もオーバークォリフィケーション(資格過剰)と判断された。これも断念。

 海外転職は、それほど容易ではない。それが無理なら、残された唯一の道は、独立だ。といっても、どのようなお客様を相手に、どういう商売をどういうふうにやるか、創業資金や運転資金はどう調達するか、生活資金は確保できるか、何一つ目途も立っていない。

<次回>

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