以静制動と和の世界、総経理解雇事件<続報3>

<前回>

 監査報告が出た翌日に、M総経理は、上司に呼び出された。上司は、神妙な面もちだった。

 「ここまで来たら、ざっくばらんでいきましょう。最近中国地区の業績が落ちている。あなたの仕事ぶりにも問題があるだろうし、これだけ給料を出しておきながら、もはや、これ以上あなたを上海に置くわけには行きません。それに、あなたと私は、考え方も違うだろうから、指揮系統の問題で会社にいい影響を与えません。どうでしょう。ここで、辞表を出してもらえませんか・・・」

 うん、理屈は分かる。ずいぶん正直な上司で、しかも、率直なアプローチだ。最初から、打ち明ければ良かったじゃないか。監査やら懲戒解雇やら、目的は一つじゃないか。

 「これから、どうすれば良いんですか」、M総経理が聞いてきた。

 えっ?私の仕事はもう終わりだろう。人生相談までやるのかと思いつつも、アドバイスをした。「Mさん、あなたの雇用契約(駐在派遣契約)は、あと1年半くらい残っているでしょう。1年半後は、会社が堂々と理由なしで契約終了できますよね。だから、18か月の給料の3分の2、年俸、一年分の退職金を要求して、ここで引いたらどうですか」

 「100万元を超えますよね、会社はくれるのでしょうか」、M総経理。

 「それは、あなたの上司がいかにあなたを辞めさせたいかという気持ちにかかっているでしょう。彼にも良い舞台を与えれば、可能性がないわけじゃない。交渉の腕次第ですね。こればっかりは、私の仕事範囲外ですから、どうかご自分で頑張ってください」

 M総経理の年俸は100万元を超えている。保険やら諸手当を上乗せすると、年間150万元近くのコスト、それが1年半なら200万元を超える。その半額以下のコストで、M総経理を辞めさせて、中国本土の優秀な人材を起用すれば、財務上では問題ないだろう。

 欧米企業だから、おそらく電卓を叩くだろう。M総経理にしてみれば、100万元の退職金で円満退社、長年の中国経験、英語がネイティブ同様のレベル、別の欧米企業に転職することも十分可能だろうし、みんなハッピーになるはずだ。

 人事コンサルタントとは、解雇問題によく直面する。会社からの依頼だから、従業員を潰す。今度従業員がクライアントだから、会社を叩く。決してそうではないと思う。両者の利益の最大化を考えてこそ、両者の利益が最大化できるのだ。しかし、今回、この会社(弁護士やコンサルタントの意見が入っているかどうか不明だが)は、従業員をとことん潰そうとした。人を崖っぷちまで追い詰めるやり方はよくない。しかも、読みが間違っていたし、アプローチも幼稚だった。

 私が仕掛けたアプローチは、「不作為に徹する」、何も行動を起こさないことだ。中国流でいうと、「以静制動」、静観して相手の変化を待つ。相手の動きをよく見て、仕掛けてくる瞬間のアプローチを読み取って、かわしたり反撃したりすることだ。

 実は、この「以静制動」は、日本の剣術に起源しているという。陰流というが、陰とは心のことで、相手の剣からその心を読み取って応じるのが本旨だ。このアプローチが伝承され、最終的に柳生新陰流につながり、柳生宗矩が禅の思想を盛り込み、心法の要素が更に色濃くなった。

 といっても、アプローチを駆使するのが、あくまでも、本来あるべき姿に復帰させるためだけのものだった。会社は、従業員あっての会社で、「和」あっての利益である。

 一件落着。今日も良い夢を見れそうだ。

<次回>