<上海>天ぷら・花楽、「日本」をプレゼンする最高レベル

 はっきり言って、私は天ぷらを美食の王道として考えたことは一度もない。

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 これだという美味しい天ぷらも食べたことがない、日本でも。けれど、天ぷらを食べて大根おろしの美味に感動させられたことは何回もあった。

 芸術家、美食家の北大路魯山人はこういった。「天ぷらは油が少し悪くたって、畑から抜きたての大根おろしがあればなんとかなる。 天ぷらに新鮮な大根おろし、これにしょうゆをかけて食べれば俗なダシに優る」

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 油を通してこれだけ揚げた食べ物を「美食」と名付けるには、抵抗を感じずにいられない。しかし、中国では、「油」に対する国民感情が違うようだ。安物の中華に行けば行くほど、油ぎっとり。昔、文化大革命の時代に、油がとても貴重なもので、配給制になっていた。小晴れの日にでもならないと、一般の庶民はなかなか油の使った料理には有りつけない。だから、油はありがたいもてなしだ。

 「楷油(カーユー)」、という上海語がある。「油を横取りする」という直訳から、「不当な利益を得る」や「甘い汁を吸う」と解されるが、日常的に、「からかう」、「小ばかにする」、「セクハラ」といった意味でもよく使われている(因みに標準語では「占便宜(ジャンペンイー)」という)。しめしめとちょっと盗人気分を楽しむ場面である。

 昨今、このもてなしの有難い油が健康の大敵になった。が、おふくろの味という立場はどうやら変わらぬまま、まだまだ出番が多い。事務所で注文して食す10元のランチ弁当は当然油が主役だが、「食べ放題系」日本料理店でも油ぎとぎとな天ぷらは当たり前。

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 「本当に、油を感じないですね」、ここの天ぷらは違う。

 紅花油は客ごとに総入れ換えする。丁寧に磨き上げられた銅の鍋に、す~っと紅花油が流れ込み、瓊漿玉液の如く黄金色に輝く。

 雪見障子様式の窓ガラスの向こうにぼんやりと見える小さな庭園は幻想的だ。寒風吹き荒れる夜色に揺れる草花を眺めがなら熱い燗酒を啜る。今宵の一献で知らずに「無心」の世界へ誘われる。   

 「さあ、どうぞ」。静かに揚げられた天ぷらが運ばれる。からっと自己主張をしない衣に歯を立てると、ふわぁ~と素材の香りが口中に広がり、言えぬ幸福感に浸かる。

 天ぷらといえば、海老。この店の海老は小ぶり。大きくないからこそ美味い。天ぷらの海老について、魯山人はこう語った。「材料、種第一。えびが多いが、えびは養殖でなく天然のもので大きなものは不可。大きいのは見かけだおし。一匹七、八匁(もんめ)か、それ以下」

 実に、美味。

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 この店は客席にたどり着くまではまた楽しい。花車や八雲塗りの大衝立が飾られている空間も良いが、席待ちのひと時、茶席で女将の点前を楽しむのが上海でなかなか味わえない風流だ。作法に疎い私でも楽しめたが、ふと気が付けば、この店にはもしやもっと自然体のわび茶が似合っていたのではないかと。けれど、そこまで禅の世界を追求したら、孤高になりすぎて消費者に敬遠されるのだろう。まあ、少なくともこの店の茶席は、どちらかというと、「雅」の世界だった。

 創業160年、歴史を誇り、大阪を代表するお座敷天ぷら、「ミシュランガイド京都・大阪2010」で本店が一つ星を獲得、関西財界人御用達の名店、一宝。その上海店、「花楽」。しかし、一宝のウェブサイトを調べても、上海店のことは一切触れていない。他国での経営リスクを考えるうえで、本店の暖簾を大事にする心がしみじみと伝わる。

★日本料理・花楽
<住所>   上海市徐匯区斜土路2421号 4号楼 (斜土路x宛平南路、交差点)【後日移転・閉鎖】
<電話>   021-6438-3822
<営業>   11:00~13:30、17:00~21:30、日曜定休
<予算>   300元~500元/人(昼) 500~1,200元/人(夜)