賃金法年内公布施行確定、「三難一義務」に耐えられるか?

 賃金法は、年内に公布・施行される。

 私の予測が的中した。3年前から、私は、「労働契約法」対策はずばり賃金制度を折り込んだトータル人事制度の刷新と主張してきた。いよいよ、「賃金法」がカウントダウンに入った時期を見計らって、昨年後半から、コンサルディング会社として中国でいち早く「賃金法」セミナーを開催し、対策に取り組んできた。

 とうとう、くるべきものが来た。3月15日付、中国国内各メディアが一斉に報じた――。

 「賃金条例は年内公布、同一労働同一賃金規定の明確化」(「中国日報(China Daily)」2010年3月15日付記事)。一部重点を以下抄訳する。

 「中国は急拡大する貧富の格差に、『ノー』と言わなければならない。両会(全人代と政治協商会議)で所得分配改革の議論が熱を帯びてきたとき、国家発展改革委員会は所得分配に関する一連の政策の検証・立案に水面下で取り組む一方、労働社会保障部は『賃金条例』の法案化修正を急いだ。法案化中の「賃金条例」は年内に公布される。その内容でもっとも注目されるのは、賃金協議(団体交渉)制度、同一労働同一賃金等労働者利益保護の条項が盛り込まれていることである」

 「記者が『賃金条例』の法案起案担当官庁である労働社会保障部の消息筋から得た情報によると、法案化中の『賃金条例』は国務院の立法計画に明記されており、法案が完成すれば年内にも公布・施行されるという」

 「同消息筋によると、この条例は細部にまで細かく規定され、賃金支払や同一労働同一賃金から、従業員の年次有給休暇に関する政策まですべて盛り込まれているという。なかでも、もっとも注目される条項は、『賃金額は、企業一方的ではなく、市場環境に従って集団協議(団体交渉)により、決定されなければならない』である」

 「『賃金条例』では、労働者が賃金額について交渉を申し出た場合、企業側は受け入れなければならず、交渉の内容は、賃金額、労働ノルマ(出来高)、単価及び賃金分配など様々な事項に及ぶことができると定められている」

 「『賃金条例』は、目下労働者の賃金保護に関する最上位の法律となる」

 上記報道で、法案化中の「賃金法」(正式名称「賃金条例」になる模様)の輪郭が見えてきたが、昨年後半から上海や北京で当社が主催した「賃金法セミナー」で私が描いたものとぴったり合致する。

 今度公布・実施される「賃金法」は、「労働契約法」と交差して複合的な相互波及効果を企業に与える。具体的に、分かりやすくいうと、「三難一義務」である。

 「解雇終了難」+「配転異動難」+「減給降格難」+「昇給義務化」

 「三難一義務」は、会社にぶら下がる怠け者を生み出す土壌にほかならない。それと、もっとも深刻なのは、怠け者の温存ではなく、働き者の撲滅なのである。怠け者の生存は、すなわち働き者の勤労意欲への無残な蹂躙(じゅうりん)である。「悪」への放縦は、すなわち「善」への懲罰である。

 私が、ここでいろいろ言っているが、決して法令を無視するよう呼びかけているわけではない。むしろ、「悪法もまた法なり」、善法だろうと、悪法だろうと、愚法だろうと、どんな法であれ、企業はコンプライアンス、法律順守に徹するしかない。さて、「労働契約法」に追い討ちをかけるこのような「賃金法」に直面する企業として、対応はできているのだろうか。

 大変残念なことに、現在、万全な準備態勢が出来ている日系企業は、1%あるかないかという残酷な現状である。私は、どの企業にもこのように率直に申し上げ、制度改革を呼びかけている。

 「私どもの会社の制度は、すぐにメスを入れなければならない。私は、還暦を迎えた人間で、中国法人の総経理から退任すれば定年だ。このままの会社を、後任の総経理に引き渡すわけにはいかない」

 一生企業に仕え、プロの生涯としての終章、小さな歴史を書き上げようという総経理は、何人も知っている。制度の改革は効果が見えてくるまで2~3年、長いところ5~6年もかかる。後任総経理に花道を作ってあげよう、従業員に幸せになってもらおう、今までやってこなかったことをこの際きちんとやろうではないか。このような総経理から、私は逆に多くのパワーをもらった。

 安い労働力や大きな内販市場を狙いつつも、制度や企業文化の構築を後回しにしている日本企業は決して少数ではない。日本本社の意思を現場に徹底しようと、部下には指示ばかり出している。現場の中国人中堅幹部や中核社員は、従う本能を身に付け、意見を言わなくなり、やがて思考の力まで失い、上司の日本人の顔色ばかり伺うイエスマンに変身する。フロントラインと上司の日本人の間で人間関係の調整が彼らの主業務になった。

 一服の劇薬だ。「労働契約法」や「賃金法」は。

 2010年、在中日系企業にとって、歴史的な折り返し地点である。安い労働力の供給市場という古き時代は、終止符を打たれた。これから中国で生き残りをかける日本企業に求められるのは、コンプライアンスとリスク管理に徹した制度、信賞必罰に基づく新陳代謝機能、少数精鋭のフラットな組織、従業員のキャリア設計、労働生産性の抜本的向上、問題発見・解決力のある中堅の育成などである。

 一方、日本人管理職は、今後5年から10年にかけて、「管理」という役割を徐々に中国人中堅に委譲し、投資母体である日本本社の株主としての「監査」機能を果たすべく、「管理」から「監査」へのシフトを完遂しなければならない。

 このような歴史的転換に直面し、なすべきことを考え、実行に移るときが来た。しかも、待ったなしだ。