高市早苗という「薄積厚発」政治家――外見、内実、そして行動の物理法則

● 上目遣いと三白眼、外交写真が暴く「弱さ」と「文化的毒性」

 高市早苗の外交写真を眺めていると、どうしても目が止まるのが「上目遣い」である。背の高い相手に寄り添ってしまう撮影癖のせいで、視線は必ず上向きになり、黒目が上へ寄り、下部の白目が強調される。これは写真として致命的だ。人間は視線角度から瞬時に力関係を読み取る。上目遣いは「弱さ」「甘さ」「従属性」を連想させ、外交の場では致命的なノイズになる。

 さらに厄介なのは、中国の文化的フィルターである。中国語圏ではこの視線を「三白眼」の一種である「上三白」と呼び、相貌学の文脈で「陰険」「冷酷」「不吉」と烙印を押す。迷信だがレッテルの効力は強烈で、SNS上では軽い侮蔑表現として生き残っている。同じ一枚の写真でも、日本では「甘い」、中国では「不吉」。高市本人の問題ではなく、演出側の稚拙さが生んだ文化摩擦だ。

 外交は言葉より視線の方が残酷だ。高市がどれほど強硬なスローガンを叫んでも、写真が「弱さ」と「毒」を同時に発信している時点で、印象戦ではすでに負けている。

● 言う・やるの4象限、高市が踏み抜いた「政治家の地雷」

 政治には「言う・言わない」「やる・やらない」の4象限、つまり六つの行動原則が存在する。

 ① やっていいが、言ったらダメ
 ② 言ってもやってもダメ
 ③ 言っていいが、やってはダメ
 ④ 言ってからやる
 ⑤ やってから言う
 ⑥ 言わないし、やらない

 政治家はこの六つを正確に仕分ける訓練を積む。しかし高市は、この基本構造を弁えぬまま「言う」を連打し、「やる」が伴わず、「言ってはいけない」を連続で踏み抜いた。結果、政策実行力が弱いのに発信量だけが過剰な「薄積厚発」状態に陥った。

● 三者同時失望の喜劇、中国・偽右・偽左はなぜ裏切られたのか

 台湾問題で突然の「法的地位は認定する立場にない」という教科書答弁に戻った瞬間、高市は「物語装置」として壊れた。ここで面白いのは、まったく異なる三陣営が同時に落胆したことだ。

 中国は「あと一歩で日本が勝手に自滅する」と期待していたのに、外務省に首根っこを掴まれて後退した。偽右は、自分の怒りを代弁する強気発言が快感だったが、突然の現実回帰にふてくされた。偽左も「軍国主義の亡霊」という商売道具を失い、物語の燃料を失った。

 つまり三者三様の理由で、高市は「便利な幻想」としての役割を終えた。政治家として評価されていたのではなく、彼女に投影された「感情代理人」としての機能が崩れただけである。

● 高市は麻生の重力圏から逃げられない、財界と自民党旧主流派の構造

 偽右の皆さんに忠告しておく。高市を困らせるな。彼女は逆立ちしても麻生太郎の重力圏から脱出できない。麻生は「財界そのもの」ではなく、「財界の代弁者の代弁者」だ。日本の財界は中国市場と中国サプライチェーンに深く結びつき、「対中刺激は絶対に避けよ」という鉄則で動く。そんな中で高市の対中強硬路線は、表向きこそ歓迎されるが、実態は常に麻生ラインのクラッチで制御される。

 高市がアクセルを踏んだ瞬間、麻生がブレーキを踏む構造。つまり、彼女の強硬姿勢は本質的に「虚勢」以上のものになり得ない。財界と地政学の物理法則を知らぬ偽右の期待は、最初から成立しない。

● 財界は労組より偽右を嫌う、「金にならない正義」は最悪の敵

 財界にとって扱いやすい順番はこうだ。

 好ましい:現実右派(麻生・宏池会系)
 許容可能:労組(交渉可能)
 許容外:偽右(コストだけ発生)

 偽右が叫ぶ「中国打倒」など、妄想にすぎない。中国は日本の最大市場であり、最大の生産基盤であり、財界が離れられるはずがない。クーデターでも起こさない限り、高市も偽右も日本の対中姿勢を変えられない。政治を動かすのは金と現実であって、偽右はそのどちらも持っていない。

● 薄積厚発・無積唯発、高市外交が自壊する理由

 中国の古典外交には「韜光養晦・厚積薄発」がある。力を蓄え、必要なときにのみ薄く発する。高市はその正反対、「薄積厚発」である。積み上げは薄い。外交経験、官僚支持、同盟調整、国際環境分析、そのどれも積層がない。にもかかわらず発信量は厚い。勇ましさだけが膨張し、基盤のなさを補えない。

 さらに彼女の危険性は「無積唯発」にある。積まないどころか、積む努力すら拒否し、声量と速度だけ上げる。外交は高重量の筋トレと同じで、骨と腱がなければ関節が壊れる。高市の外交は、重量ゼロのベンチプレスを大声で持ち上げているにすぎない。

● 静かに変わる情勢、中国の「無視」こそ最大の制裁

 中国は制裁をエスカレートしない。しかし静かに情勢は変化している。中国メディアが高市批判を強めたのは、「怒っているから」ではなく、「もはや外交相手として扱っていない」からだ。中国人観光客の減少はすでに国内中間層を直撃し、外交の副作用は数字として積み上がり始めた。トランプも高市を“勝手に動くコマ”として警戒し始めている。

 高市外交は今後、「事実上の撤回」だけでは済まないだろう。薄積厚発の構造は、政治生命そのものを侵食し始めている。

● 高市早苗とは何か、外見・内実・行動の三点で見た結論

 外見は「上目遣い」と「三白眼」から始まる印象の敗北。
 内実は「薄積厚発」あるいは「無積唯発」という構造的欠陥。
 行動は「言う」が暴走し、「やる」が欠落した六象限の踏み抜き。

 高市早苗は「強い政治家」ではなく、「強さを演出する装置」である。支持率は力量の証明ではなく、承認貧困社会の悲鳴の反射にすぎない。そして彼女が幻想から現実へ引き戻されたとき、最も失望するのは、彼女に幻想を投影していた大衆である。

 高市早苗とは、外見と内実が一致しない日本政治の象徴であり、「薄積厚発」という時代の自画像なのだ。

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