● お金も暮らしも失う
まず、日本は戦争の経済的準備ができているのか。台湾戦争になれば、アメリカが対中経済制裁を発動し、もちろんアメリカの号令に日本も従い、制裁に加わらなければならない。
日本の対中経済制裁では何を制裁するのか。肝心なハイテク半導体の規制はすでに始まっているし、日本は半導体分野で台湾や韓国より立ち遅れているだけに、大して制裁できるものはなかろう。問題は日本企業の中国撤退。ウクライナ戦争同様、一般民間企業は相手国(敵国)からの撤退を余儀なくされるからだ。
中国進出の日本企業は1万2706社(2022年6月時点)。これは凄いことになる。撤退やら運営委託やら資産処分やら、戦争になってからの準備ではもう間に合わない。日本人の引き揚げだけで精いっぱい。企業などどうでもいい。二束三文の叩き売りができたらもうラッキー。資産や権益の放棄はざらにあるだろう。
中国は「国防動員法」やあるいは今後にできるだろう「敵産措置法」を発動するまでもなく「市場」で在中日本資産が取引されてしまう。市場取引である以上、日本は対等措置を発動して在日中国資産の差し押さえなどをする大義名分を失う。そもそも日本は戦時法の整備すら終わっていないので、法的基盤もない。
この時点で、中国はもう大儲けである。損しているのは日本企業や日本人である。そこで損した者は日本政府に不満を持ち日本国内で分断が生じる。
これはまだまだ、序の口。日本の対中制裁に対して、中国も対日経済制裁を発動するだろう。2021年の日中の貿易総額は3914億ドル、2011年以来10年ぶりに過去最高を更新した(ジェトロ発表)。日本にとって、貿易総量の4分の1近くを占める、貿易相手国1位の中国との経済的つながりの切断は何を意味するか。「ゼロコロナ」当時、上海市でのロックダウンなどを受けたサプライチェーンの混乱だけで、日本は悲鳴を上げた。
私はその当時から、ロックダウンによるサプライチェーンの切断はもしや、戦争準備の一環で、経済制裁の模擬実験だったかもしれないと指摘してきた。意図的な実験だったかどうか知る由もないが、中国はそこからサプライチェーンのもつ戦略的意義を理解し、そして抑えるべきツボ(どこを叩けば一番効くか)もよく把握したことは間違いないだろう。
「Made in China」の完成品はもとより、生産に必要な原材料や部品の供給が停滞すると、サプライチェーンの下流にある日本国内の生産に影響を及ぼす。さらに中国は、ベトナムやアジア諸国のサプライチェーンの下流も一部押さえている。上流の優位性を発動すれば、日本を狙い撃ちすることはそう難しくない。
ウクライナ戦争でロシアからのエネルギー供給に問題が生じ、電力や物価の高騰で日本人はすでに悲鳴を上げている。中国との衝突になれば、これだけで済まされない。広範囲における物価の大幅上昇にとどまらず、極端な供給不足による配給制の導入、それに伴う闇市の誕生はいずれもあり得る。
台湾戦争が数週間や数か月で終わればいいのだが、半年、1年ないし数年と長期化した場合、ただでさえ脆弱し切った日本経済はどこまで持ち堪えられるのか?ウクライナは陸続きで欧州諸国からある程度物資の供給ができるのだが、日本は島国であり、ウクライナ戦争でロシアをも敵に回したため、中国、北朝鮮そしてロシアという3つの核保有国に取り囲まれている。
経済だけでも、日本は滅びる。
● 正義も命も失う
ここからは政治、外交、軍事面を見てみよう。
米国の戦略国際問題研究所(CSIS)の台湾戦争シナリオによれば、日本が在日米軍基地の使用を容認しない場合、米国は4隻の空母を失う。1隻の空母には5000人の米軍が乗っている。これだけで2万人の米国人兵士が死ぬ。日本が無傷の代わりにこれだけの米国人を犠牲にする。アメリカはこんな馬鹿なことをすると思えるか?
まずは属国日本の犠牲が先だ。日本人から死んでいくに決まっているだろう。自衛隊が戦場へ出なくとも、日本の米軍基地が使われた時点で、日本の戦争介入とみなされる。沖縄基地だけを使っても、中国は日本全土の米軍基地と関連施設を攻撃してきてもおかしくない。
これは「台湾有事は日本有事」の意味だ。戦火が日本本土に及び得るということだ。場合によっては、日本有事が先にやってくる可能性もある。
1972年に締結された日中共同声明の第2項は、日本政府は「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する」と規定し、さらに第3項では「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」と書いた。
日本が台湾戦争に介入した場合、これはつまり日本政府が日中共同声明を破棄することを意味し、即ち「対中侵略戦争2.0、第二次日中戦争を日本が発動した」、中国はそう捉えるだろう。戦争介入にあたって、まず大義名分が必要だ。「台湾有事は日本有事」といった一方的かつ抽象的な論理だけでは成り立たない。
日本が台湾戦争に介入すれば、中国共産党政権がプロパガンダを行うまでもなく、中国各地ではたちまち過去最大規模の反日デモが発生し、日本大使館・領事館も日本企業も攻撃対象にされる。これは過去の反日史をみても容易に想像できる。純粋な反日ナショナリズムは、政権に矛先を向けさえしなければ、当局に容認、保護され、そして都合のいいように利用される。
中国共産党政権が独裁支配で他国に対する侵略戦争を発動したならば、国際社会はそれを批判できる。しかし、対日戦争は日本による日中共同声明の破棄に起因し、中国の領土問題に絡み、中国国民の広範な民意に支えられているとなると、話が違ってくる。そもそも台湾の法的地位はウクライナと同一ではないからだ。
「東京に核を落とせ」「小日本を滅ぼせ」「中華民族の大復讐」の横断幕が掲げられたところ、民意を汲み上げての対日反撃を中国政府が決定する。いかにも民主主義的な意思決定であろう。そこで、民意に起源する「新抗日戦争」が勃発。台湾戦争によって中国は台湾の「回収」だけでなく、第一列島線の完全掌握を目論む。そこに横たわっている日本は邪魔だ。この際、排除しようと。
ウクライナ戦争では、ポーランドが挙国体制でウクライナを支援するのは、戦後のウクライナ西部領有を企んでいたからだろう。利益が伴わない戦争は存在しない。
さて、日本は台湾戦争で何を得るのか?勝った場合、台湾の再領有か?保護領にするのか?それとも、単なる友情のためか?ただのボランティアや他国利益のために、自国民を犠牲にする国家は、国家といえるのか?もちろん民主主義国家だから、国民の総意で「我々が犠牲になってもいい」というのであれば、それは大いに結構なことだ。
日本では、このような議論は一切なされていない。国会でも追及する議員は1人もいない。このままでは、日本は滅びる。中国の属国になる。もしや米中の二重属国になるかもしれない。
太平洋戦争では、日本人は少なくとも祖国日本のために戦って死んだ。今度は、他国のために死んで自国を失う戦争に加わっていいのだろうか。