政治の話の続き、企業政治の敗者とは

 昨日に続いて、もう少し政治について語ろう。

 読者からは、「自分が影響を持ちえない。民主主義は形ばかりで、一般市民の一票は無力だ」というコメントをいただいた。これはいわゆる「国家政治」の次元で、一般市民としてそう実感するのも無理はない。

 真の民主主義制度が機能せず、恣意的な政権運営や独裁、圧政につながれば、理論上では非暴力的抗争、市民運動ないし最終的に暴動が起きる。だが、日本では少なくとも現在まだその気配がない。それが市民権の覚醒の欠如かどうか、原因を追及するのをここで止めておこう(一言や二言で完結できるものではない)。

 私自身の感覚では、「国家政治」どころか、「企業政治」ですらなかなか現状打開が難しいのではないかと。不条理な制度や指示を押し付けられる。期待していた給料がもらえない。世渡り上手な人が出世してしまう・・・。このような「企業政治」を変えられるのだろうか。それを変えられないようであれば、現状に耐え抜くか、会社を辞めるかと自分を変えるしかないのだ。実は、私自身も過去かつてそのような一員だった。そういう意味で「企業政治」の敗者だった。

 いわゆる政治に無関心というのは、基本的に自分が思う通りに物事が運ばないときの無力感、脱力感の反映であろう。政治が悪かろう、社会が悪かろう、企業が悪かろう、ないし上司が悪かろう、自分の不幸せを他者責任に転嫁するのは簡単だ。いや、そのとおり、他者責任だ。そうだとしても現実は変わらない。

 基本的に、国家や組織、人間集団が存在するところに、既得利益が付きまとう。既得利益層に入れば現状維持や利権拡大を望む。この集団は力を持てばルールを決めることもできてしまう。国家だろうと企業だろうと同じ仕組みだ。それが政治なのだ。

 私は政治家ではないし、社会活動家でもない。経営コンサルタントだ。職業柄現実主義的な問題解決が仕事だ。つまり一組織という、社会からみて大変小さなユニットの最適化が自分の使命である。政治には無関心でいられない。政治に対する関心は、必ずしも国家や社会を動かすとかそうした大がかりなことではない。企業経営や組織運営にも政治がいたるところに存在している。政治の仕組みや営みを理解せずにはもちろんコンサルティングという仕事はできない。それは大学院時代の恩師から授かった教えでもあって、自分も実感しているところだ。

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