現実の河を渡れ、思考の巨人と行動の天才そしてルネサンス

 塩野七生氏の「チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷」。400ページの書を仕事の合間と夜間を利用して、3日間で読了した。

 第3部の「流星」はほとんど一気読み。父法王アレッサンドロ6世の死を境に、ボルジア家の没落が始まる。イタリアの統一を夢にもつ若き帝王、チェーザレが重病に陥り、仇敵の返り咲きで次々と権力と領土を奪われ、次第に命を狙われる。

 幽閉、監禁、そしてスペインへの移送、逃亡を経て、勢力と財産をすべて失うチェーザレは嵐の夜に、ヴィアーナの城塞を背に敵陣に突入し、戦死。時は1507年、31歳の若さ。

 華やかなルネサンス。燦爛たる文化的結晶の裏に、野心、闘争、陰謀、暴力、殺戮、征服が対照的な現実を織り成す。時代の主役の一人、冷酷政治の主であるチェーザレはまた、レオナルド・ダ・ヴィンチともパートナーを組み、互いの才能の相互効果を発揮させた。

 「レオナルドは思考の巨人であり、チェーザレは行動の天才である。レオナルドが現実の彼岸を悠々と歩む人間であるのに反して、チェーザレは現実の河に馬を昂然と乗り入れる型の人間である」(塩野七生氏)。これ以上適した表現はない。

 現実の彼岸を眺め、横たわる河を罵る者や嘆く者を横目に、河に馬を昂然と乗り入れる稀代の変人、チェーザレ。人生の頂点に挑み、そしてどん底をも自ら受け入れるその人生観や美学とは何か。もしや、モナ・リザのあの謎めいた微笑みから、一縷の解が得られるのかもしれない。