守るべきものと破るべきもの、保守の真義

 「保守は破ることを嫌う。必ずしも変ずることを嫌わず。されど変ずべからざるものを変ずる時は破るなり」(鳥尾小弥太)

 進歩主義があっての保守主義。これはいずれも歴史的連続性のなか生まれるものである。しかし、明治維新と戦後、日本は思想・文化の断絶を受けてきた。連続性を絶たれたところでの保守主義も進歩主義も歪んでいる。日本では保守主義も進歩主義も、価値のコミットメントをなくして、いかにも「状況的順応」であった。

 戦後の保守主義は明確な共通ミッションが欠落したまま、冷戦時代に突入し、とりあえず時代の要請に応え、「反共」と「経済発展」という大義で糊塗してきた。保守すべき理念は曖昧なままであった。

 守るべきものを守り抜くためにも、状況の変化に対応していく上での変革や改革は欠かせない。何を守るべきか?それを守り抜くために、何を破るべきか。この辺の議論が欠落していた。

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