「自由」と「平等」は両立できない、共産主義者の詐欺モデル

 「自由」「平等」。心地よい言葉の連発には要注意。その相互関係だ。「自由」と「平等」は実は多くの場合、相互排斥する概念である。

 北朝鮮のような独裁共産主義国家の国民は貧困という意味において、平等だが、自由はない。米国をはじめとする資本主義・民主主義国家は自由はあるものの、不平等で格差に喘いでいる。

 独裁共産主義国家は厳格にいうと、一握りの特権階層と平民の間には天と地のような不平等がある(実は平等ではない)。しかし、「天と地のような不平等」の「天」は可視化されていないので、地上の平民は実感できない。一方、資本主義社会では少数の富裕層や超富裕層は可視化されているため、同じ地上にいながらルサンチマンが生まれるわけだ。

 共産主義者や左翼は非常に頭がよい。彼たちは消滅し得ない「不平等」をあたかも解消可能であるかのように見せかける。「平等」という理想郷をイメージした大衆マスタベーション・キャンペーンは共産主義運動である。

 ルサンチマンにかかっている大衆の目に見えるところから、不平等を一掃すれば、平等な貧困が地上に実現する。そのときになって独裁者自身が隔絶された天上で富と権力を満喫する。共産主義者が暴力装置を手にした時点で、一巻の終わり。

 世の中、多くの人はすぐに正義の美辞麗句に惹かれる。共産主義者は史上最大の詐欺集団である。頭の良い詐欺者たちに、大多数の愚鈍な庶民は騙されるのだ。

 自由な競争のもとで必ず不平等が生まれる。会社経営も然り。

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