私はこうして会社を辞めました(6)―私の早稲田

<前回>
(敬称略)

 そして、夏、私は、早稲田大学から最後の1単位を取った。

 卒業といえば、桜の季節だが、私にとっては、蝉の鳴き声しか記憶に残っていない。恐らく数少ない9月発行の卒業証を持つ人間だろうね、私は。盛大な儀式で、卒業証の授与を受けて、同級生と喜び合うのが夢だったが、私の場合、学生課の片隅で無表情な職員から、卒業証の入った筒を手渡されただけだった。

209269月発行の卒業証は、自慢にならないが、世の中に珍しい

 私は、早稲田があまり好きではなかった。これは、この連載(1)にも書いた。いざこの学校を出て、仕事を十数年もやっていると、この学校の偉大さが分かってきた。

 まず、早稲田人は、匂いで分かることが多い。顧客の中にも、友人の中にも、多くの早稲田人がいるが、初対面で、「あっ、この人、もしや早稲田かな」と匂いを嗅ぎ付けることが多い。中に年配の方だと、匂いからオーラに転じている方もいらっしゃる。こういう方に出会うと、心の奥にギュッとしたものを感じ、幸福感に満ちるひと時を過ごすことができるのだ。

 早稲田人には、早稲田から授かった宝がある。教室で教えられていなくとも、キャンパスの空気が骨髄に染み込み、早稲田人のDNAを成す。

 「諸君は必ず失敗する。成功があるかもしれませぬけど、成功より失敗が多い。失敗に落胆しなさるな。失敗に打ち勝たねばならぬ。」

 「学問は脳、仕事は腕、身を動かすは足である。しかし、卑しくも大成を期せんには、先ずこれらすべてを統(す)ぶる意志の大いなる力がいる、これは勇気である。」

 大隈重信の名言は、私の一生の宝になっている。

 人間の一番の敵は、人間自身である。この敵に対抗する武器は、一つしかない―失敗を恐れない勇気なのである。やったら失敗、やらなかったら失敗するチャンスさえないのだから、やるしかない。

 世の中には道がない。後ろの逃げ道を断ってから初めて、前に道を切り開く可能性が出てくる。

<次回>

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