ちょうど10年前の1999年8月、私ははじめてロシアの土を踏んだ。
サンクトペテルブルクの白夜が幻想的だった。夜9時過ぎ、窓外にようやく現れる夕焼けを眺めながら、夕食を取る。もちろん、ロシア料理、それに、なんと言ってもあのウオッカ、ギンギンに冷えているウオッカは、凍る寸前、要はウオッカシャーベットのようなものだ。
大変強い酒で、ギンギンに冷えていると、甘くさえ感じてしまう。しかし、体内に流れ込むウオッカは溶けてゆき、加温してゆき、燃えそうになってゆくのだ。ロシアは寒い国、全体的に料理が肉系中心でこってりしていて、若干塩しょっぱく感じることもある。それに切れ味のよいウオッカがぴったり合うのだ。
ウオッカを飲み、肉をつまみながらゆっくりしていると、夕焼けの色が変わってゆく。なんともいえない白夜の贅沢さ。
勝手に名目をつけて、ロシアの旅10周年を記念して、上海でロシア料理を食べに行った。フライング・エレファント(飛象餐庁)、上海に数少ないロシア料理店だ。ロシア料理といえば、おふくろの味、素朴さ、飾り気のなさ、そして、サービスの悪さ・・・、それが私のイメージだ。上海のこのロシア料理店は、見事に私のイメージにぴったりと重なった。
レッドキャビア(45元)
立花流ロシアンサンド~レッドキャビア・塩漬けサーモン・オニオンスライス・オリーブ・バター
薄暗い店内に、いかにもロシアっぽい重厚な(?)、若干重苦しく感じさせるムードが漂っていた。ロシア人客が数組飲み食いしている。メニューは、ロシア語、英語と中国語の併記。早速ウオッカを注文すると、やってきたウオッカは生ぬるい。アルコールの匂いがつーんと鼻腔を直撃。仕方がなく、ワインクーラーならぬ氷を詰めたジャンボビールジョッキをもらい、目の前で急速冷却するほかない。本当は、冷凍庫に入れて、凍る直前まで冷やしておいて飲むのが最高だが・・・
まず、前菜に、レッドキャビアとサーモンの塩漬け。レッドキャビアとは、マスの卵の塩漬けである。見た目ではいくらと同じだ。オレンジ色の鮮やかな粒は、ほぼ5円玉の穴くらいの大きさ、いくらよりやや小さい。歯ごたえと味はほぼいくらと変わらないが、若干ワイルドな感じがする。そこで、黒パンのうえに、レッドキャビアとサーモンをどさっと乗せ、オニオンスライス、オリーブと少々バターを添え、かぶりつく。――立花流のロシアン・サンドでござる。
スープは、定番のボルシチ。いわゆるロシアの国民食、ロシアの味噌汁でもある。テーブルビートとキャベツ、タマネギ、ニンジン、肉などの材料を炒めてから煮込んだスープである。野菜系のスープで食欲をそそるものは、大抵色で工夫されている。ボルシチの場合、刻んだビーツから出る赤色がなんともいえない鮮やか。特にあの寒い国、この赤色で太陽を連想させ、人々に活気と勇気をつけていくものではないかと、私は勝手に想像する。
鮮やかなボルシチ(28元)
ロシア式牛タンシクリームグラタン(38元)
ジャルコーエ。――ビーフシチューといっても、ロシア版の肉じゃが。これは、これは、シチューほどのこってりさがなく、スープ系でさらっとしている。ジャガイモに程よい焦げ目がついていて、炒めてから煮込んだことが分かる。
「土豆焼牛肉」、ジャルコーエ、つまりロシア式肉じゃがの中国語訳。実は、別の意味が込められているのだ。1960年代に、中ソ関係が悪化し、中国がソ連共産党の「肉じゃが」式共産主義を大いに批判した。なぜ、「肉じゃが」式共産主義というか、さらに遡って1950年代の話になる。当時、ソ連共産党のフルシチョフ書記が「国民みんなが肉じゃがが食えるとなれば、社会主義の高級段階、共産主義を近く実現できるだろう」と発言したところ、毛沢東に痛烈に批判されたのだった。
ジャルコーエ(ロシア式肉じゃが)(42元)
カザフスタン風ポーク(48元)
考えてみれば、「国民みんなが肉じゃがが食える」というのは、そもそも、故鄧小平氏が提唱した「小康社会」ではないか。まあ、どうであれ、国民の全員が肉じゃがを食える社会は決して悪い社会ではない。このジャルコーエ、ロシア式肉じゃがを食べながら思いを馳せた。
なぜか、資本主義になった今のロシアよりも、ある意味では、社会主義の旧ソ連が違う種の貫禄をもっていたように私はいつも感じている。
★ロシア料理・Flying Elephant Restaurant(飛象餐庁)
<住所> 広東路525号金外灘賓館3階
<電話> 021-6351-0797
<営業> 11:00~03:00
<予算> 80元~150元/人